理外よりの招待状
――カツッ…カツッ…カツッ…――
「あのコンパスの性質を…少しは理解したかも知れない」
白く螺旋を伸ばす〝進化の間〟で…私はそう言い、今は無い〝あのコンパス〟をその手に幻視する。
「――アレは、良くも悪くも〝対価と代償〟の増幅器と言う性質を持っているのでしょうね…たった一匹の魔物を倒すだけで、人間数匹と同等の〝経験値〟を得られた…従来の魔物とは異なる〝変化〟を施された魔物を倒さなければならないというのは…分かりやすい〝試練〟の構造ね」
前所有者や前々所有者が消息を絶った理由も、凡そ検討が付く。
「――どうあれ、其れ等は〝所有者〟が自ら働き掛けて起こす〝現象〟に過ぎない」
――カツッ…カツッ…カツッ…――
――――――
【進化先リスト】
〈昇華〉
・カース・スライム
・融合粘獣
――――――
「だから、飽くまでも〝増幅器〟と私は定義したけれど…さて…どう思う?」
何時も通りの白い螺旋の世界、その中心には〝器の分岐路〟が有り…本来ならばその中から、次の分岐を選択するのが正道ではある…しかし。
――……――
私は、この白い世界の〝ある一点〟を見つめてそう言う…しかし、その言葉に反応は無い…まだバレていないとでも思ってるのか、それとも単に聞くと言う機能を持ち合わせていないのか…。
「アナタよアナタ…私の器に干渉して、私を引きずり込んだのはアナタでしょう?――まさか、独り言だと思ったかしら?」
『……』
「〝沈黙〟…だんまりね、私の声に反応が無いって事は聞こえていないのかしら?…なら、近付いてみましょう」
私はそう言いながら、螺旋の中心から〝視線〟の方角へと歩を進める。
――カツッ…カツッ…カツッ…――
一つ、また一つ…私は螺旋の渦から遠ざかる。
――カツッ…カツッ…カツッ…――
その度に視線は強くなり…背を向けた白い世界が、より一層眩く見える…まるで私を引き留める様に。
「――〝生命〟を歪めるあの〝力〟が、仮に〝此の世の理を外れたモノ〟であると言うのなら、貴方達は何者なのかしら?」
それでも私は、その歩を止めない…その行為に大層な理由が有った訳では無い、有るとするならソレはどうしようもなく下らなく、呆れ返るほどに愚かな〝理由にも満たぬ理由〟だけだろう…とどのつまりが。
――カンッ――
〝楽しそう〟だと、思ったから…私は〝正道の世界〟に背を向けた。
――ビキッ――
その瞬間、白い世界を黒が満たす…いや、この場合は〝私〟が〝この世界〟に引きずり込まれたと言った方が正しそうだ。
「――この気配、以前私に力を与えた〝黒い奴〟と似てるね――まぁ」
私は引きずり込まれた世界に居る〝ソレ〟を眼前に捉える…いや、正確にはソレが〝顔〟なのかどうかは分からない…何せ、今私の周囲には――。
『――〝彼方の獣がまた一人〟』
「此方の方が随分と〝面白い〟けれど♪」
何十の口が、何百の目が生まれては消えてを繰り返し…胎動する心臓の鼓動か…或いは太鼓を叩く様な鈍い駆動が暗闇全体に蔓延っていたのだから。
『――〝理に背く者が〟』
『〝星々を汚す者が〟』
『〝世界に狂気を齎す者が〟』
『『『〝現れた〟』』』
ソレは幾つも有る口で、其々に違う言葉を紡ぎながら私を見る…その目には確かな意思がある様にも見えたけれど、その言の葉が奏でる言葉からは、生命が生命たる所以、〝感情〟と呼べる物が欠如していた。
「――貴方が誰かはどうでも良い、貴方の言葉に興味は無い…私が此処に来たのは、〝この場所〟が何を齎すのかを見に来た為よ」
『――此処は〝汝の魂〟である』
『されど〝汝の魂〟ではない』
『〝世界と己の縁〟であり、〝混沌と汝の縁〟である』
「――分かりにくいわね、要は〝普通の進化の間とは違う〟って事でしょ?」
『『『〝然り〟』』』
私の問いにそう答える〝ソレ〟に、私は質問を投げ返しながら情報を集める。
「――だったらさっさと〝見せなさい〟…貴方達が〝私の器〟をどう〝造り変える〟のか」
私がそう言うと、黒いソレは暗闇に蠢動する何かを此方へ近づけながら…空虚な言の葉を並べる。
『――〝汝に与えるは〝原始〟である〟』
『――〝汝に与えるは〝混沌〟である〟』
『――〝汝に与えるは〝狂気〟である〟』
『選ぶが良い、〝彼方の獣〟――汝が行き着く果ては、何ぞや?』
「……また回りくどい言い回しね…〝三つの中から選べ〟ってことよね?」
『然り』
「然りじゃないわよ、もうちょっと情報を寄越しなさい、その程度の説明で軽率に判断なんか出来るものですか」
その言葉に私はそう言い、ベシリッと、暗闇の中を蠢くソレを平手でぶつ…何よその目は?…。
『……〝原始〟は母への道…恐るべき〝生命の造物主〟に至る道』
『〝混沌〟は父への道…偉大なる〝精神の創成者〟に至る道』
『〝狂気〟は子への道…悍ましき〝破滅の代弁者〟に至る道』
私の行動に、語る口は何か含みの有る沈黙を持った後…そう語る…しかし、その言葉も結局の所大した説明にはなっていない。
「――結局大して変わらないじゃないのお馬鹿ッ…はぁ、じゃあ良いわ…一つだけ質問に答えなさい」
『『『詠うがいい』』』
「どの選択肢を選んでも、総合的な強さは変わらないのかしら?」
『『『然り』』』
「そ…だったら良いわ」
口を揃えてそう言う〝ソレ〟の言葉に、私は納得し…提示された〝選択肢〟を選ぶ…選んだのは――。
「〝原始〟を選ぶわ」
〝原始〟――〝母の道〟だった。
――カチンッ♪――
『〝選択〟は成された』
『〝彼方の獣〟は此処に生まれ変わらん』
『〝原始の獣〟よ、我等は汝を歓迎しよう』
その瞬間…私の身体を何かが突き抜ける様な感覚が襲い…ソレに気を引いた瞬間、けたたましいアナウンスの音が頭に響き渡る。
《進化先を決定しました、〝昇華〟を実行します》
《【イビル・スライム】が【原始の忌子】へと変化しました!》
《新たな【称号】を獲得、〈邪道の獣〉を獲得しました、〈兎狩り〉、〈小鬼狩り〉、〈殺人鬼〉が〈邪道の獣〉に統合されます》
その音に顔を顰めていたその瞬間、私はふと…〝地面〟の感覚が消失した事に気付き、闇に落ちてゆく。
『『『我等は汝に期待する、何れ世界に害をなす〝災い〟へと至らん事を』』』
「――知るかそんな事、それより送り返すならもう少し丁寧に――」
人が落ちているというのに、またも回りくどい言い回しを続けるソレに、私は抗議の文句を垂れているとその瞬間意識がブツリと途切れ――そして、気が付けば落下から浮遊へと切替わり、その瞬間――。
――サァッ――
赤い月光が私を照らし出し…そんな私をレイナが熱く見詰めていた。
「お待たせレイナ♪――私の顔に何か有る?」
そうして、私達はまた一歩…〝己等の目標〟に近付いたのだった。




