心機一転
――パチッ――
目を開けば其処は、古びた家屋に穴の空いた天井…曇天相変わらず、風が小屋を軋ませ、ギィギィと不快な目覚ましの役割を担う。
「……さて」
起き上がり、周囲を見渡す…ここ最近は常にレイナと共にしていた故に、いざ居なくなると一抹の寂しさを覚える。
〝レイナ・ハーレー〟は封印と言う名の眠りに就いた…その身を朽ち果てさせない為に。
〝レイナ・ハーレーを救うには、より強い個体へ進化する事〟…ソレがシンプルにして最大の障害。
しかし、ソレをやらねばならないのが今の状況であり…ある意味で〝この状況〟は、私にとって好転的でもある。
〝自己研鑽〟……と言うのは聞こえの良い呼び方か。
「――〝一暴れ〟…やったりますか!」
とどのつまり、私は……筋金入りの〝ロクデナシ〟なのであった。
●○●○●○
――ヒョコッ――
「フッフッフフフッ!――ヌルリと入場、辿り着きましたよ〝エリア3〟…〝噂〟を聞き付け私様、参上なのです!」
山道の茂みから飛び出し、彼方に見える分厚い雲の天幕を一望しながら、兎耳の美少女は直立し…その肩には…凡そその華奢な出で立ちとは共存し得ない〝戦鎚〟を担ぎながら、非常識なのだろうニンジンを小気味良い音手共に齧り折る。
「此処には一級賞金首、〝マオ・ディザイア〟が居るとかとか!…ヌッフフフッ!…〝賞金稼ぎ〟ランキング〝第5位〟として、そんなお宝は見逃せませんねー!」
爛々と輝く財宝模様の瞳…欲に満ちたその笑声は、草原に木霊し…彼女は…〝強欲なる兎狩人ラビーナ〟は、曇天の草原を駆け抜けるのだった…!
○●○●○●
――ドドドドドドドドッ――
「た"す"け"て"く"だ"さ"ぁ"ぁ"ぁ"い"ッ!!!」
「ヤダ…ナニアレ…?」
地鳴りの如く、響き渡る獣の行進…バチバチと雷鳴を散らす黒雲の電気羊達の先頭を、顔中涙と鼻水でベショベショにした兎娘が死に物狂いで駆け抜けていた。
「メェェェッ!!!(待てゴラァッ!!!)」
「メェッ、メェェッ!!!(オイゴラァッ!!!)」
「「「メェェェェッ!!!(命置いてけゴラァッ!!!)」」」
「ビェェェェェンッ!、羊がなんでこんなに殺気立ってるのー!?!?」
あの娘があまりにも愉快な反応をしている故か、背後を追う羊達の声に、副音声が聞こえてくる…もう少し様子見しても良いかしら。
「ッ!」
「あ、見つかった」
そんな風に、私が彼女の逃走劇を見物していると…私の存在に気が付いた彼女が進路を此方に変えて、私へ嘆願する。
「お願いします助けて下さい〝マオ・ディザイア〟さんッ、何でもしますからーッ!?!?!?」
「ん?…今何で持って――じゃない、古典芸能はさて置いて…助けて…ねぇ」
……まぁ良いか、特に断る道理も無い。
――グチュグチュグチュッ――
「〝腕部変形〟――〝黒曜蜥蜴〟、〝森眠熊〟、〝人間〈拳闘士〉〟――〝融合変形〟」
自身の左腕を〝作り替える〟…黒曜の鱗、鋭い爪に人間の手の平…腕は不気味な程膨張し、筋肉を模した細胞が、ドクドクと脈打ち…力を溜める。
「―〝自壊する生体槌〟」
その拳を前に…空いた手で魔力の塊を作り…駆け寄る兎っ娘に一言だけ、警告を送る。
「死にたくないなら今すぐ其処に伏せなさい」
「ッ――!」
その言葉に彼女は即座に地面に飛び込み頭を抱える…私はソレを認識する事なく…左腕で、構築した巨大な〝魔力弾〟を殴り飛ばす。
――ブンッ――
その瞬間、空間が歪み…高速で放たれた魔力の弾丸は、大地に伏せた少女へと押し寄せる羊達と衝突し――。
――ゴシャッ――
嫌な音を立てて、衝突した。
●○●○●○
「あ…あ、あ…」
今の一瞬で起きた、その出来事に…兎娘のラビーナは思わずそう言い…腰を抜かす。
――ドサドサッ…ドサッ…――
己の直ぐ真上…頭上を通り抜けた〝何か〟が、背後の獣達と衝突した…その鈍い嫌な音に視線は惹かれ、思わずとソチラを見れば…其処には、バランスを失い続々と倒れ伏す〝電気羊〟達の、頭部…いな、〝頭部と胴体の上半分〟を消し飛ばした姿が有った。
「――あら、思ったより綺麗に倒せたわね…もう少し残るかと思ってたけど……〝あの子〟が、優秀な個体だったのかしら?」
そんな死体達に視線を奪われていると、不意に生じた背後からの言葉に慌ててラビーナは振り向く…しかし。その瞬間。
――ポンッ――
少女の肩に、白く細い手が置かれ…ラビーナの冷や汗を流し、動揺に揺れるサファイアの瞳を、ルビーの様に赤い視線が貫き…目を細めて彼女は笑う。
「さて――早速お話しましょうか、〝ラビーナ・ラビラビリア〟――〝魔獣の賞金稼ぎ〟さん…下手な真似はしないでね?…したら、折角拾った生命を失くすことになるわ…ソレって、凄く〝損〟なことじゃない?」
否…ソレは〝笑み〟であって、〝笑み〟では無かった…その言葉は柔らかく、纏う雰囲気は人当たりの良い美女であったが…しかし。
――ギュウゥゥゥッ――
その肩を握る、万力の如き膂力が…彼女の身体から香る夥しい〝血の匂い〟が…瞳孔の奥に内在された、ドス黒く染まった〝殺意の瞳〟が…彼女の、麗しの令嬢と言う風体の仮面を剥ぎ取り…ラビーナを締め上げて今にも喰い殺さんとする様な〝猛獣〟の姿に変える。
「大丈夫…何もしなければ、〝私〟は貴女を殺さない…だから、大人しく私の言葉に従う事…良いわね?」
「……ひゃい」
「良い子ッ♪――それじゃあ早速で悪いけど、〝この子達〟を回収するの、手伝ってくれるかしら?…ある程度纏ってるとは言え、数が多いとどうしても手間よね」
そんな彼女に睨まれては、さしもの賞金稼ぎとして名を馳せたラビーナと言えども、素直に従う他に無いのだった。




