渇望するは何故に
「何って…レイナを救いに来ただけだけど?」
私へ問うた〝ソレ〟に…私はそう答える…すると、ソイツは私の言葉に眉を顰め、否定の言葉を紡ぐ。
「偽りだ…それは必ずしも真実ではない」
「はぁ?…何を言って――」
「お前は、〝レイナ・ハーレー〟等露程にも気に掛けては居ない筈だ」
その否定に私が言葉を紡ごうとした時、ソイツは私の言葉を遮り続ける。
「お前があの娘に執着するのは、単にあの娘の魔術、知恵を利用する為だ…あの娘の為と嘯きながら、その実お前は〝自分の為〟に、レイナ・ハーレーを取り戻そうとしている」
「……」
「此処は〝精神の間〟だ…お前の〝策〟が生み出した世界の隙間…此処には己と…お前しか存在しない……〝レイナ・ハーレー〟は居ないのだ」
「…」
「〝無意味〟なんだよ、お前の今までの行いはッ、お前の費やした時間は全て、始めから無為に消える運命だったんだッ、分からないのか?…否、分かるはずだッ…お前は我の〝造物主〟なのだからッ!」
言葉を紡ぐ程、ソレの発する感情は荒々しく、複雑怪奇に捻じれていく…ソレは怒りであり、憎悪であり、嘲笑であり、侮蔑であり…そして。
「――えぇ、〝分かってる〟わよ?」
「――何だと?」
〝嫉妬〟であった。
「とは言え、始めから知ってた訳じゃないけど…レイナが既に死んでいる事も、貴方の〝本当の目的〟も良く知っている…貴方こそ〝嘘〟を吐いているんじゃないの?」
「ッ…何を」
私の言葉に、ソイツは語気を弱める…何時の間に舌戦は攻守を入れ替え…私がソイツへ声の刃を振るう。
「〝レイナが羨ましかった〟…そうでしょう?」
「ッ!?――馬鹿を言うな、我は――」
「〝レイナの心臓〟として、私が産み落とした眷属…ただソレだけならば、貴方はその役割を全うするだけで居られた…けれど、〝人間〟に混じってしまった為に…貴方は〝知性〟を得た」
ソレは私の〝計算外〟…〝人間という種〟が持ち合わせる特異性を、把握していなかった故の…半ば事故の様な問題だった。
「知らず知らずのウチに生まれた貴方は、レイナの肉体と混じる事で、〝擬似的な脳の複製〟を果たしてしまった…部品として生まれただけの細胞に〝知性〟――〝感情〟と言う、凡そシステムに組み込むには余りにも致命的な〝部品〟を持ち合せてしまった」
ソレこそ〝第一の問題〟…意図せず、偶然と偶然が掛け合わさって生まれてしまった〝数奇〟だ…そして。
「〝第二〟に…肉体の主導権が〝レイナ〟に有った事」
心臓としての機能を取り付けた事で起きた〝蘇生〟…死にゆく筈だったレイナは息を吹き返してしまった。
「どういう因果が関係しているのかは知らないけれど、状況としてその身体には〝レイナの意識〟と〝アナタの意識〟が混入し…〝レイナの意識〟が動いている間は…アナタは動く事が出来なかった…ソレが第二の〝問題〟…そして、第三…決定的な〝ミス〟は…〝レイナの知性〟をベースにしてしまった事…〝復讐と憎悪の魔女〟であり、〝純粋で無垢な少女〟の二面性を手に入れてしまった所為で、アナタは無意識に〝嫉妬〟を覚えた」
動けない身体で意識だけは存在する…だから、貴方は見る事しか出来なかった…〝私がレイナへ向ける慈しみ〟を…なまじレイナの記憶から引き継いだ〝愛〟の感覚を理解している為に…自分へ向けられない〝愛情〟を妬み…自己の存在を認知されない〝孤独〟と、自己を産み落とし、存在を忘却しておいて仲睦まじく過ごす私とレイナを〝憎んだ〟…。
「憎んで、憎んで…でも本当は〝愛を求めた〟…憎み過ぎて本質を忘れ…貴方は自身の目的を見失った…〝狂ってしまった〟…ソレが〝全て〟でしょう?」
私の言葉に答えは返ってこない…ソレは沈黙の肯定だったのだろう…ソイツは恨めしげに私を睨み付ける。
「――ほんと、レイナもアナタもとんだ大馬鹿ね……貴方達の目には私が〝聖母〟にでも見えてるのかしら?」
〝自分の為にレイナを救う〟…成る程、〝ちゃんと分かっている〟じゃないの。
「私は〝私〟…〝マオ・ディザイア〟と言う〝魔物〟…私は私の目的の為に動く…その為に人を利用し、人と手を組み、人を害する…ソレは例えどんな生き物でも変わらない…例えソレが貴方であっても、貴方が私の利益になるなら〝利用する〟…その過程で貴方が〝愛〟を求めると言うのなら…私はソレを惜しみなく注いであげる……ソレが〝答え〟で、ソレ以上もソレ以下も無いわ」
「ッ……」
そう言い終えると、空間が揺れ…私達の姿が薄れてゆく……そろそろ〝この問答〟も終わりだろう…私も私の〝目的〟を果たすとしよう。
「――さて、それじゃあお別れと行きましょうか〝元眷属〟――暫くの間、眠ってもらうわよ」
――バキンッ!――
薄れ行く意識の最中、私は此方を無表情で見詰め続ける〝眷属〟にそう吐き捨て――。
――パチッ――
「――〝銀の牢獄よ〟…〝開け〟」
現に戻ると、レイナへ伸ばした手に力を込めて…その先にある〝玉虫色の球体〟を強く握った。
●○●○●○
――バキンッ!――
その瞬間、砕かれた〝魔力の膜〟が周囲に飛び散り…一瞬にして、世界は霧に包まれた。
「ッ――!」
マオ・ディザイアは見た…霧の世界を抜けた先に有る〝ソレ〟を。
――ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ――
ソレは絶え間なく脈打ち、膨張する玉虫色の〝粘液〟であり、ソレはマオ・ディザイアと、周囲に居る〝肉の泥〟と〝魔石に覆われたレイナ・ハーレー〟を認識すると、玉虫色の〝腕〟を伸ばし、掴み掛かろうとする…だが。
――ゾクッ――
「〝おっと〟…〝捕まえるのはコイツじゃない〟」
その手がマオ・ディザイアを捕らえようとした刹那、背後から現れた〝黒い手〟が…玉虫色の腕を掴んでそう言うと、玉虫色の〝ソレ〟は、渋々と引き下がり、レイナと〝眷属〟を掴んで収縮する。
――カチンッ♪――
そして、何処かから秒針が鳴り響くと…先程まで立ち込めていた霧は、まるで始めから其処には存在していなかったかの様に消え去り…私の手には、銀色に輝き、赤と黒の紋様を刻まれた宝玉が握られていた。
「いやはや、〝おめでとう〟と言って置こうか…〝マオ・ディザイア〟……先ずは〝第一関門〟…〝レイナ・ハーレー及び眷属の封印〟完了だ♪」
そして、場が静寂で満たされたその時…背後から何事も無く現れた黒衣はそう言い…私の手から宝玉を掠め取った。




