教会に眠る秘書
――ザァッ、ザァッ――
「気配は無し、匂いも無し…私の感覚は、何も無いと言っているけれど…そっちはどう?」
崩落に耐えた建物を手当たり次第に探り…其処に何か目ぼしいものは無いのか…と、物を取り除き下敷きになった古本や家具を調べる。
「……此処では、感じないです…多分〝此処じゃない〟かと」
「ふぅむ…場所的に、此処は〝宿舎〟かな?…幽霊なら、人気の多かった場所とかに溜まりやすいのが定石なんだけど…当てが外れたわね」
その合間に、レイナの知覚は超常の何某かを捉えたか確認する…が、しかし…そう上手くは行かないようでレイナの方も、収穫は芳しくない。
「良し、此処は中断!…次は〝教会〟に行って見ましょうか、裏の裏…〝不浄寄り付かない神聖な領域〟が、巡り巡って不浄の溜まり場になっているかもしれない!」
収穫を得られなかった元宿舎を捨て置き、私達は教会へと足を運ぶ。
――ギィィギギギギ…ギッ!――
「――さてさてさて…これみよがしに御立派な廃墟なんだから、せめて何か…此処が廃墟になった理由とか、情報の足掛かりはあって欲しいわねぇ」
錆だらけの鉄門を押し開けば、軋みを上げて扉は開かれる…教会を飾っていたであろうガラスの壁は劣化か、それとも何者かの手によって砕かれたのか、ガラスに掘られた聖者の肖像は頭を失くし…雨音と湿気、日が落ち影が満たす教会の中は、聖域と呼ぶのを躊躇ってしまう様な、陰惨とした雰囲気を纏っていた。
「……マオさん」
「……此処?」
「…いえ、そうじゃ…ないんです…けど…」
その、他のどの場所とも違う雰囲気にレイナは恐れをなしたのだろう…彼女は私の服を掴み…離れたがらない…あぁ、聡さに隠されていたが彼女はまだ小学生程度の歳なのだったと、私は忘れかけていた事実を思い出す。
――ギュッ――
「――私について来なさい…何かあれば教えて」
「ッ…はい」
レイナの手を取りながら、教会の中を歩いて回る…礼拝堂、診療所、宿舎、懺悔室…概ね〝教会〟が持つべき最低限の施設は揃い…そのどれもが、やはり人がかつていた頃からそのまま時を進めた様な寂れ具合をしていた。
「…」
此処も〝外れ〟か…と、そう失望が口から出そうになった時…私は、最後の部屋に手を掛ける…すると。
――ガチャリッ――
その先にあった〝光景〟に、私はその失望を何とか飲み込む事となった。
「此処は…〝事務室〟かしら?」
其処には、他の部屋には類を見ないほど数多の書物が蓄えられ、ズラリと並んだ本棚から、この部屋を使っていた人物が如何に勤勉か…或いは何と〝知識に貪欲な司祭〟なのかと呆れ半分、恐ろしさ半分の感想が思わず口を開きかけ…そして、その部屋に入って直ぐに感じた〝違和感〟から、その口を閉ざす。
「……可笑しい位に〝綺麗〟ね」
いや、清潔の質が高い現代の価値観からすれば…部屋全体が埃を被り、湿気とカビの不快な匂いが充満する部屋は〝不潔〟ではある…しかし、この状況、この街の中にあっては、数ある廃墟…壁が欠け屋根が欠けた家屋の数々、或いは状態の良い廃墟のどれと比べても此処は〝完璧に近い状態〟だった。
「材質は…この教会のどれとも変わらない、となるとこの部屋の特性…〝魔術〟で維持していると考えるべきかしら」
サッと周囲を見渡し、推論を並べて行く…そんな私と並行して異なる調査を続けていたレイナは、部屋に取り付けられたテーブルの戸を調べ…不意に何かに気が付くと、私に呼び掛ける。
「マオさん、コレ…」
「ん?…何か見つかった?」
その呼びかけに、周囲の調査を中断しレイナの方に向かう…其処には。
――ポゥッ――
仄かな〝浄化の魔力〟を帯びた…古めかしい書物が有った。
「…浄化の魔力を施されている様です」
「……〝魔導書〟の類…にしちゃ、魔力が殆ど残っていないわね」
「開きますか?」
「勿論、此処に来て初めての収穫だもの♪」
ソレを片手に議論する私とレイナ…しかし、この街に来て初めて真っ当な〝イベント〟に引っ掛かったのだ…当然、この本の内容を確認するに決まっている。
――ペラッ――
私はレイナからその魔導書を受け取ると、何の躊躇いもなくその書物に隠された〝秘密〟を暴いた。
●○●○●○
――バサッ、バサッ、バサッ!――
「クァァッ、クァァ――!?」
夜が躙り寄る空の上を巨大な禿鷲が舞う…その顔に張り付けた恐怖で顔を青くしながら。
――バサッ、バサッ、バサッ――
我武者羅に羽撃く翼はボロボロで、その身体の随所には決して浅くない傷が無数に刻まれていた…一見すれば、縄張り争いに敗れた者が強者から逃げ去る光景に見えたかもしれない…しかし、そうではなかった。
――『バサッ…バサッ…バサッ』――
禿鷲の耳には確かに聞こえていた…己のものでは無い〝羽撃き〟を…頻りに後方を確認する眼には、付かず離れず己を追い立てる〝影〟を。
「ッ〜〜〜クァァッ!?!?」
その姿を認識すると、禿鷲はその顔により一層強い恐怖刻み、疾うの昔に限界を迎えていたと思っていた翼を限界以上に働かせて逃げようとする…北の荒野に座するエリアボス…その一体である〝死肉漁り〟がそうせざるを得ない程に彼我の力の差は開いていた…。
――バサッ!――
不意に、死肉漁りの視線から…〝影〟は消える…その消失は、死肉漁りの心を癒すどころか逆に恐怖を掻き立て、死肉漁りは必至にその存在を捉えようと…せめて目の届く内に収めておこう視界を彷徨わせる…しかし、幾ら探してもそれは見つからない。
「クァッ、クァァッ――ッ!?」
焦りにそう叫び…半ば半狂乱に成り掛けたその時…不意に、死肉漁りは悟りを得たように固まる。
――ジィィッ――
じっとりと、張り付く視線…遠巻きに感じていた存在感とは比較にもならない程〝強い〟気配…ソレが、死肉漁りの…直ぐ前方から広がっている…獣といえどその知性は他の下等種よりも勝り、それ故に死肉漁りは知りたくも無い現実を理解してしまう。
「――」
声を紡ぐ、それより早く己の体は制御を失くし…翼が切り裂かれ…地面へ向かって一直線に落ちて行く…何の抵抗も出来ず…最早死を受け入れる事しか許されないと知ったその時…命を散らす直前…その姿を捉える…。
――バサッ!――
黒羽の翼を背に備えた…黒装に身を包んだ〝隠者〟の姿…目深に被ったローブの中に有る…鴉の仮面を着けた…蒼白い肌の〝人間〟を。
――ゴチャッ!――
ソレを見た直後、視界は真っ赤な赤に染まり…そして、インクが垂れ落ちる様に…視界と共に死肉漁りの意識は黒く染まる……もう、その瞳に何も映すことは…無い。
「……」
――パンッパンッパンッ――
クレーターの中心で、黒衣の隠者は手を叩き土砂を叩き落とす…そんな隠者の周囲の茂みが揺れ動き…隠者がそちらに顔を向けると、其処から無数の獣達が姿を現す。
「良し、良しッ…コレで全員〝第三エリア〟に渡れる様になった訳だね!」
その獣達の中から一匹…妙な出で立ちの獣が姿を現し…虚ろな瞳に似合わぬ溌剌とした声で周囲の獣達に指示を出す。
「それじゃあ早速向かおうじゃないか!――私達の追う〝素敵なお友達〟の下に♪」
そう言うと、その獣を先頭に他の獣達も先に先にと山岳の先へ向かう…そんな獣達を、隠者は呆れたように頭を振り、方を竦めると…その翼を広げ、獣達の後を追い、山岳の先…曇り空が覆う高原へと、足を踏み入れるのだった。




