英雄譚の皮は剥がれ落ちて
「――互いに…〝満身創痍〟だな…ベルゼ…」
ベルゼの恨み節を軽くいなして、レオナルドは虚勢だけの直立で、ベルゼを真っ向から睨み返す。
――『ドクンッ!』――
そんな彼等を差し置いて、街の中枢にある〝霊樹〟は、一際強い脈動を鳴らし始め…遂に、その根はニュートの街の壁際にまで迫り、侵食はその殆どを完遂する…。
「――向こうも、もう終わるか…なら…!」
ソレをその目に収めながら、レオナルドはそう言い…その虚勢の一歩を踏み締め…満身創痍でありながら尚も手放すことの無い〝愛剣〟を強く握り…その身体の半分を焼け爛れ、溶かすベルゼへと迫る。
「〝聖獣の勝利〟の為に……決着を着けようじゃないか…!」
――ザッ…――
一歩、レオナルドの歩がベルゼに迫る…その一歩にベルゼの顔が驚きに染まる。
――ガチャッ――
一歩…歩を進めるレオナルドは、その剣を上段に構える…その行動にベルゼの顔が苛立ちと、恐れに染まる。
――ドクンッ――
ソレは霊樹の鼓動だろうか、それとも…此処に居る二人の王の〝鼓動〟だろうか…不思議と、その音はレオナルドとベルゼ…二人の王の耳に届く…。
相対して数分…レオナルドとベルゼの距離は後数歩程、数メートル程度にまで詰められ…両手は、その目に〝覚悟〟を決める…。
「「ッ―!」」
そして…誰が何か合図を送ることも無く…何か大きな切っ掛けが有った訳でもなく…二人は、ほぼ同時に決死の〝殺意〟を相対する〝王〟へと振るい…決着を求める…。
――グシャッ!――
「――はい、ゲームセット♪」
しかし、彼等の決死の〝死闘〟は…空から現れた、一人の乱入者によって下らない〝茶番劇〟に成り下がるのだった…。
○●○●○●
「――やはり、君は〝裏切り者〟だった訳だね?」
自身の身体を土塊の槍で突き貫かれながら…ドクターはそう言い、黒い魔女の少女を見据える。
「〝裏切り者〟…ですか……確かに、私達を表す表現としては、それ程的確な表現は無いでしょう」
対して、黒い魔女…〝レイナ・ハーレー〟は…その目を昏い影で覆い…以前にまして、低く無関心な声色でドクターへ返す。
「と、言っても…私が行った人間の裏切りは、今貴方を襲った事と、領主館を襲撃した事…街の人間の一部を、都合よく利用した…位でしょうか?」
彼女は、特段ソレを誇るでも無く…ごく自然に…淡々と答え…ドクターを見る。
「そして、ドクター…〝アルス・アスクレス〟……貴方は一つ勘違いをしています…私は、霊樹の最後の関門ですが…〝魔獣側に着いている〟と言う訳では有りません…ただ、この〝地獄〟が長く続く様に、そう取り計らっているだけですよ」
「…何だって?」
そして、紡がれたドクターの疑問に…レイナが何かを言おうとするしかし、その瞬間…何かの気配に気が付いたように薄く笑みを浮かべ…ぽつりと、独り言を呟く…。
「――どうやら、〝計画通り〟に、上手く行ったみたいですね」
その言葉に、ドクターが疑問を呟こうとした…その瞬間。
――『ドクンッ!!!』――
〝霊樹の脈動〟が…一際強く、大きく…鳴り響いた。
●○●○●○
――ズズズズズッ…――
少し遡って、霊樹の根が本格的に街全域を包み込む前の事……清濁入り乱れる地獄をレリックが駆け抜ける…。
「ッ――チッ…!」
その視線には、否が応でも目にはいる…霊樹の根がウネウネと凄まじい速度で根付き…街が完全に掌握されつつある事実が。
(やはり…駄目か…!)
もうじき、〝転移〟の魔道具が起動する…コレ以上、生存者の捜索を続けるのは厳しいと…避けられない〝事実〟が、己の肩に…重く、伸し掛かる…。
「――クソッ…もう、生き残りは居ねぇのか…」
ソレは、本来彼が持つべき責で無く…彼が苛まれるべき罪悪感では無かった…それでも、彼は…自身の性故に、身に余る財貨を背負い…自責に駆られていた…。
――バサッ!――
そんな彼に、強く知性の宿った瞳が向けられる…その視線に、レリックは沈み掛けた思考を切り上げて…警戒心と共に、ソレを見据える…。
――バサッ…バサッ…!――
其処には…〝一羽〟の鴉が居た…その鴉は、アメジストの様な瞳をレリックに向けながら…その身から、人ならざる気配を放ち…彼の気を引く…その魔獣に、レリックは警戒心と敵意を剥き出しに構える…しかし。
――ジッ――
「……」
そんな彼を、鴉は寡黙にただ見つめ、彼の瞳の奥底を…〝彼の存在〟を知り尽くさんとする様に、ジッと観察する…そんな、今まで出会った中でも、特に異様なその〝存在〟に…レリックの心に一欠片の疑問が生まれる…そして。
「……おいおい…どうなってんだ…〝コイツ〟は?」
その瞬間…レリックは、自身を知らず知らずの内に取り囲む〝異常事態〟に気付き…思わず声を上げる…その視線は四方八方を彷徨い…その耳は周囲の騒音を探り出さんとその役割に集中していた…と、言うのも――。
――……――
その場所には…〝気配が無かった〟…何処までも、何処までも静かで、騒音も、魔獣の気配も、聖獣の気配も無く―否、それどころかその場所には争いが有った形跡すら存在しなかった…。
「…夢……じゃ、ねぇわな…」
(結界、幻覚の類か?…まるで気が付かなかった…ってこたぁ、コイツは下手すりゃ俺より…いや、確実に――)
と、レリックが其処まで思考した時…不意に、事態は動く…。
――バサッ!――
遂に、その場の…有り触れた看板を止まり木にしていた鴉が羽撃いたのだ…その行動の直ぐ後、行動が来るかとレリックは身構える…しかし、予想に反して、鴉はレリックの周りをグルグルと飛び回り…敵意も何も持たずに、レリックの視界に入る様ずっと、羽撃く…。
「ッ……どういうつもりだ?」
その行動の真意を掴み損ねたのか…遂にレリックは、構えていた大剣を下ろし…鴉へ問う。
「――ッ!」
その問いを投げかけられた鴉は…レリックの問いに反応すると…今度は踵を返す様に、レリックに背を向け…何処かへと羽撃いてゆく…その行動は、まるで――。
『付いて来い』
と、そう言う様に……そんな鴉の行動に、レリックは一瞬思考を巡らせるが…どんどんと離れていく鴉の姿に、渋々…歩を進めて駆けるのだった。




