芽吹く悪業の種
――カッチ…カッチ…カッチ…カッチ…――
静謐を、刻の音が独占する…嫌な程静まり返った領主館の室内…今は使われていない部屋の中、廊下は偏執的なまでの〝封鎖処置〟が施され、完全に外部との連絡が根絶されていた。
――カッチ…カッチ…カッチ…――
人の気配、一つ無い…まるで廃墟の様に静まり返った無音は…其処に入れば、その静けさとあまりにも刺激の無い状況に不安感を覚えてしまう程だろう。
俗に言う…〝嵐の前の静けさ〟…と言う奴だったのかもしれない。
「――〝魔人の子供達〟…〝出番〟よ♡」
――バリンッ!…バリンッ、バリンッ!――
――ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブッ――
突如、展開は急変する…領主館の補強された窓を何百何千の蟲が襲い、濁流の様に押し流されてゆく…その濁流は廊下から空き部屋、そのクローゼットから寝具の隙間に至るまで隈無く染み渡り…其処に生命が無いと知るや否や、興味を失った様にその場を去る。
そうして進む事暫くして…ただ羽音だけが響き…悲鳴の一つも上がらないでいると…領主館の扉が強引に抉じ開けられ…其処から一人の人影がヌッと、姿を表した。
――パキパキパキッ!――
「――まさか、〝無人の廃墟〟って訳じゃ無いわよね?」
吹き飛んだ扉を踏み砕きながら現れた人影…妖艶な装いの美女は、その視線を眼下に向ける。
「…あぁ、成る程♡」
其処に転がる〝鎧兜〟や武器を見て何かに気付いた彼女はそう言い口を怪しく歪めると…己の懐から〝核〟を取り出し…ソレに導かれるままに、館内を進む。
――コッ…コッ…コッ…――
ロビーの奥を行く…その奥に行く程大量の鎧兜が転がり…その数を数える度彼女は上機嫌に笑いながら、最奥の扉に手を掛ける…そして。
――ガチャッ!――
その扉を明け放った先…〝食堂〟には…現在進行形で蟲に食い漁られる人の死肉と…その上で佇む〝少女〟の姿が有った。
「お仕事に精が出るわね?」
「――ソチラも、随分と忙しそうですね」
その少女はまるで誰が来るのか分かっていたと言う口振りでそう言い…近付く美女に振り返る。
「久し振り、私の可愛い〝契約者〟」
「お久しぶりです、私の親愛なる〝契約者〟」
「「…アハハッ♪」」
二人は互いにそう言葉を交わし…それから、可笑しそうに笑い合いながら抱き締める。
「本当に久し振りねレイナ!――ちゃんと〝良い子〟にしてたみたいで良かったわ♪」
「マオさんこそ、ご無事で何よりです」
その姿は姦しく、双方が黒髪赤目と言う事もあって、誰もが一目見て仲睦まじい親子の様だと考えるだろう…〝その場所〟で抱き合っていなければ…ではあるが。
「――ソレはソレとして…此処に居た人間は、コレで全部?」
「はい、一応此処の主らしい男の死体は残してますが…どうします?」
「んー…別に要らないかな、〝蟲〟に食べさせましょう」
マオは、レイナと話しながら食堂の中心を進み…〝ソレ〟を地面に置く。
「マオさん、コレは?」
「此処を〝魔獣の領域〟に染め上げる為の〝種〟…私達の〝オナカマ〟から預かった物よ♪」
ソレに興味を示すレイナへ、マオはそう薄く笑いながら…〝核〟へ魔力を注ぐ…すると。
――キュポンッ!――
そんな可愛らしい音を立てて、〝核〟は…地面に〝根〟を張ると…その瞬間、周囲の血と〝魔力〟を貪り食いながら…その〝姿〟を拡大してゆく…。
――ゴッ…ドゴッ…!――
――バキバキバキッ…!――
『〝―――ッ!!!!〟』
そして、ソレは見る間に禍々しい〝大樹〟となり…屋敷の狭い食堂等物ともせず、急成長を始めた…。
○●○●○●
――ズズズズズッ!――
「『〝従僕よ、我に生命を捧げよ〟』」
自らの周囲に蟲達を侍らせながら、ベルゼはそう言い…その手に〝生命の塊〟を握り締める。
「『〝貪り喰らえ、昏き牙よ〟』」
そして幾度目かの〝殺意の蠢動〟は…ベルゼの魔力に呼応して金色の獅子に迫る。
――キィィィンッ!――
「ハハッ…流石に、こう連発されると厳しい物があるなッ我が友よ!」
『〝ッ――!〟』
その蠢動に、眉を顰めながらも楽しげに笑う金獅子に聖剣は何かを叫び…その身から魔力を放出する。
「フフハッ!――あぁ、少し楽しい…無論ッ、やるべき事はやるさ!」
その魔力は金獅子レオナルドの身体に眠る魔力を引き摺り出し、混じり合い…その聖剣へと貯蔵する…ソレに対し、レオナルドは相変わらず楽しげに笑みを浮かべながら、迫る〝殺意〟に呼応する。
「『〝聖剣よ…〝我の爪となれ〟…!』」
迫り来る〝貪食の牙〟へ…レオナルドはそう聖剣に告げ…それから、剣を振り抜く――。
――ザンッ!――
その一振りは刹那、蠢動する〝黒〟を引き裂く獅子の爪と化し…その猛威は飛翔する刃と化して黒の根元に座する〝魔獣の王〟へ迫る。
――ザンッ!――
「ッ!」
果たしてその一撃は、致命傷になっただろうか?…蟲の魔人ベルゼは、自身に触れたその〝力〟に目を見張り…その瞬間切り飛ばされ落下する自身の右肩と右腕を見据える。
「……やはり、貴様は面倒だな」
「お互い様だろう、ベルゼ…俺の全力の一刀も…貴様の再生力にはそこいらの剣と代わり無いだろう」
「フンッ…その〝なまくら〟でさえ、貴様が持てば神さえ穿つ魔具となるであろう…加えて、何だその〝武具〟は?」
「――良いだろう?…俺の友だ」
そんな激しい攻防を繰り広げながら…二人はまるで長年の友人の様に語らい合う…その腸に一物も二物も策を巡らせて…。
「互いに、この闘争は無意味…さりとて、此処で唯一己と比肩し得る〝敵〟を放置するのは成る程、悪手だ」
「――だから、我々はこうしてむさ苦しく男同士で殴り合っている訳だ…諦めろ金獅子」
「むぅ…せめてこの戦いにも華が有れば良かったな…特にあの〝娘〟…アレは中々良い女であったな…聡く、強く、〝野心的〟…この戦場に相応しい華であった!」
「止めておけ…アレは猛毒の棘を持った薔薇の様な女だぞ?…触れればたちまち毒に侵され、その死肉を糧に咲き誇る〝魔性〟だ」
「ハッハッ!――ソレは良い!…俺の周りに居ないタイプだな」
そんな風に、互いに付け入る隙を探りながら…そう言い相手の動きを注意深く見ていると…その時。
――『ゴゴゴゴゴッ』――
〝大地〟が音を立てて揺れ…その瞬間…周囲の瘴気はより一層濃い物となり…そして。
――ビキビキッ!――
――ズドォォォンッ!――
「「ッ!」」
街の中心に……〝黒い大樹〟が現れた。




