↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/8

第7話 侍、職務質問される

宗次がわずかに顎を引いた。


「承知した」


右手の大太刀を、左手の鞘へゆっくりと収めていく。刃が見えなくなるまで警察官たちは身構えていたが、宗次は気にする様子もなく、地面に置いてあった黒いケースの蓋を開けた。


太刀を鞘ごと中に収め、留め具を閉じる。それからケースを足元に置き、その場に片膝をついた。


「どうか、手を触れずにいてくだされ」


ケースに伸びかけた警察官の手が止まる。


「中身の確認は必要なんですが……」


「私が保証します!今、本人がちゃんとしまいました。ケースはここに置いたまま、どなたかが見張っていてもらえませんか?」


朱音が間に入ると、年長の警察官が若い巡査に目配せをした。一人がケースの脇に立ち、残りの二人が少しだけ下がる。


よかった。ここでまた刀を抜かれたら、今度こそ説明が追いつかない。


若い巡査が手帳を開いた。


「では、お名前とご住所を確認させてください」


住所。


朱音ははっとしてスマホを見た。配信はまだ続いている。頭上ではドローンが商店街を映していて、コメントも止まらない。


『職質きたw』

『侍vs警察、どうなる』

『人助けしたのにかわいそう』

『いや抜刀は確認いるだろ』

『住所言うなよ、映ってるぞ』

『今来た。もう戦闘終わった?』


「律くん!住所は映せないので、ここで配信を終わります!」


スマホから小さな声が返ってきた。


「は、はい!今、切ります!」


配信が切れたのを確かめて、朱音はドローンを下ろした。指先がまだしびれていて、しまうだけでも手間取った。


「お待たせしました。続けてください」


巡査は真面目な顔で頷いた。


「まず、お名前からお願いします」


「鷹守宗次と申す」


手帳に書きかけたペンが止まる。


「……鷹守って、地名ですよね」


「本名です!地名と同じですけど、本名なんです!」


「分かりました。では、お仕事は?」


「主殿の家臣にござる」


巡査がこちらを見た。


「……雇用関係、ということでしょうか」


「雇ってる……というか、生活の面倒を見る代わりに、一緒に探索をする約束で……」


「つまり、雇用されていると」


「いや、そう言われると、ちょっと違うような……」


宗次のほうを見る。本人は膝をついたまま背筋を伸ばしていて、助け舟を出してくれる気配はない。


「主殿。何か違うのか」


「主殿はやめてください!今は特に!」


巡査は手帳に「主殿」と書きかけて、慌てて線を引いた。


「住所は、こちらの身分保護証で確認します。では、刀の持ち主は?」


「それがしの刀じゃ」


「ご自身のものですね。登録証はありますか?」


宗次は黙って朱音を見た。


朱音も黙った。


宗次の刀の書類なんて、受け取った覚えがない。下手なことを言えば、話がややこしくなるだけだ。


「協会で保護されたとき、刀も確認を受けているはずです。登録のことは、協会に問い合わせていただけますか?」


巡査は頷いて手帳を閉じた。


「念のため、こちらの書類にご署名をお願いします」


差し出された紙を前に、宗次の動きが止まった。


「宗次さん、字がほとんど書けないんです。私が読み上げてもいいですか?」


「もちろんです。では、最後は指印で結構です」


宗次は頷き、朱音に手を差し出した。


「主殿、小刀を」


嫌な予感しかしない。


「貸しません!」


「血判を捺すのであろう?」


「血は出さなくていいんです!」


巡査が顔色を変えて、小さな赤い容器を突き出した。


「朱肉です!朱肉!指はこちらにつけてください!」


宗次は巡査の手元をしばらく見てから、黙って親指を押しつけた。


額を押さえたかったが、指がしびれていてそれすら面倒だった。配信を切っておいて、本当によかった。


「宗さん!水無瀬さん!」


聞き慣れた声がした。


通りの向こうから、茂木がタブレットを抱えて走ってくる。丸眼鏡はずり落ち、片手に握ったハンカチはもう汗で湿っていた。


「ええと、つまりですね!刀の使用を許可したのは私です!今日の当直責任者として、電話で!」


「それを確認できる記録はありますか?」


「い、今、登録します!」


茂木の指がタブレットの上を忙しく動く。二度ほど押し間違えてから、ようやく画面を巡査に見せた。


巡査が無線で照会する。短いやりとりのあと、頷いた。


「……確認できました。緊急時の許可が登録されています」


朱音の肩から、どっと力が抜けた。宗次も膝をついたまま、茂木に頭を下げる。


「茂木殿、手間をかけた」


「いえ、私がもっと早く登録していれば……」


そこで、若い巡査がもう一度端末に目を落とした。


「念のため刀の登録も照会したんですが、こちらは失効していますね」


「……えっ」


茂木の顔から血の気が引いた。ポケットから二枚目のハンカチが出てくる。


「そ、そうでした……宗さんの仮許可が取り消されたので、武器の登録も一緒に失効していて……つ、伝え忘れてました……」


「茂木さん?」


「ええと、つまりですね。今は三十日の猶予期間中なんです。そのあいだに資格のある探索者を管理者に立てないと、刀は協会でお預かりすることに……」


ケースの上に置いた宗次の手に、ぐっと力がこもった。


その手を見て、朱音はすぐに答えた。


「私がなります」


「水無瀬さん、管理者には責任がついて回りますが……」


「分かってます。私が管理者になります。登録は明日、協会でできますよね?」


「は、はい!」


「宗次さん。刀は、これからも宗次さんが自分で持っていてください。手続きは私がやりますから」


宗次は一度だけ頷き、ケースの持ち手を握り直した。


◇


翌日の昼、協会鷹守支部のロビーはいつもより混んでいた。


昨日の被害の手続きに来た人で窓口には列ができ、椅子もほとんど埋まっている。商店街の切り抜きは一晩でずいぶん広まったらしく、ネットでは「人を助けた侍を罰するのか」という声があちこちで上がっていた。


朱音は目をこすった。


昨夜はほとんど寝ないで、協会の規則集を読んでいた。指先のしびれはだいぶ引いたが、そのかわり目の奥が重い。


「主殿。眠れておらぬのか」


「主殿はやめてください。ちょっと調べものをしてただけです」


「左様か」


ロビーの端から、泣き声が聞こえてきた。


窓口で書類を書いている母親のそばで、五歳くらいの男の子が顔を覆っている。昨日のことを思い出したのか、何度も首を振っていた。


その前に、大柄な男が膝をついた。


白髪の多い髪をきれいに後ろへ流した男だった。しゃがんでいても、肩幅の広さがよく分かる。


「怖かったな。もう大丈夫だ。ここには強い大人がたくさんいるからな」


低い声は驚くほど穏やかで、男の子がしゃくり上げても急かさずに頷いている。


宗次がぽつりと言った。


「慈悲深いお方じゃ」


その声に、男の子が顔を上げた。


「あ……昨日のお侍さん……」


宗次が頷いてみせると、男の子は涙をぬぐって母親のほうへ駆けていった。振り返った母親が、宗次に深々と頭を下げる。


大柄な男が立ち上がった。一瞬だけ右足をかばったように見えたが、すぐにまっすぐ立ち直る。並ぶと、宗次よりさらに背が高かった。


男は宗次の顔をしばらく見つめていた。


「君が、あの侍か」


「鷹守宗次にござる」


「私は志摩源一郎。ここの支部長だ」


朱音は思わず背筋を伸ばした。


宗次の仮許可の取り消しを決めた側の人で、しかも世界最深の大穴を預かる支部の長だ。


「水無瀬朱音です。お話があります」


「分かった。来なさい」


支部長室には茂木も呼ばれた。朝からもうハンカチが濡れている。志摩のほうが年上のはずなのに、茂木のほうがずっとくたびれて見えた。


朱音は机の上に規則集を開いた。


「昨日の救助のことは、ご存じですよね」


「ああ。映像も見た。水無瀬さんの判断は正しかった」


「ありがとうございます。では、宗次さんの資格の件です」


「取り消しを決めたのは私だ。違反の記録は消せない」


「消してほしいとは言いません」


朱音は開いたページを志摩のほうへ向けた。


「ただ、この規定なら使えるはずです。特別な理由があるときに限って、公開試験を受けられるという規定です」


志摩が文字に目を落とし、茂木も横から覗き込む。朱音は用意してきた紙を一枚、机に置いた。


「条件は三つです。一つ目は、市民を救ったなどの特別な理由があること。宗次さんには昨日の救助があります。二つ目は、C級以上の探索者が保証人になって責任を負うこと。これはB級の私が引き受けます。三つ目が、協会の公開試験に合格することです」


茂木が小さく息をのんだ。


「そ、その規定、まだ残ってたんですね……」


「残ってます。半年は再申請できないというのが決まりなら、この特例だって決まりのはずです」


志摩は最後まで黙って聞き、机の紙に目を通した。


「水無瀬さん。保証人になれば、君自身にも責任が及ぶ」


「分かっています」


「昨日も君は無理をした。この先も、同じことが起きるかもしれない」


「だからこそです。許可が出るまで刀を抜かずに待っていた人を、この先もずっと資格なしのままにはしておけません」


志摩は宗次に目を向けた。男の子に向けていたのとはまるで違う、鋭い目だった。


「侍。一つ聞く」


宗次は背筋を伸ばし、その目を正面から見返した。


「その刀を、何のために抜く」


「守るためにのみ」


志摩はしばらく黙って宗次を見ていた。


やがて目元を緩め、小さく笑った。


「いい答えだ」


朱音は膝の上で握りしめていた手を、そっと開いた。


「では……?」


「規定の範囲で進めよう。特例の公開試験を認める」


「ありがとうございます!」


刀の管理者の登録も、その場で済ませてもらった。


宗次はケースを傍らに置いたまま、深く頭を下げた。


「かたじけない」


志摩が席を立った。窓の向こうには、大穴のゲートが見えている。志摩は一度そちらに目をやってから、宗次を振り返った。


「ただし、特例だからこそ、誰の目にも明らかな形で決める。君の腕を見たい者も多いだろう」


「試験は配信で公開する。逃げ場はないぞ、侍」

 

お読みいただき、ありがとうございます!


「続きが気になる」「侍がんばれ」と思っていただけたら、

ブックマークと、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。