王女と異邦人②
王の言葉を受け、近衛兵の一人が前へ出た。
「こちらへ」
声は丁寧だった。
だが、隙はない。
その瞬間、周囲の兵士たちが半円状に動く。
ハレの左右と後ろを塞ぐような形。
「……客人扱い、ねぇ」
ハレは苦笑した。
「だいぶ厳重な客人だな」
「王命により、貴殿には部屋を用意しております」
近衛兵は表情を変えずに言う。
「ご案内します」
サラが一歩踏み出した。
「その方は——」
「分かっております、サラ王女」
近衛兵は静かに言った。
「ですが、規定です」
サラは言葉を飲み込んだ。
王女であっても、王宮の規律は絶対なのだろう。
ハレは軽く肩をすくめる。
「いいよ。逃げる気もねぇし」
実際、ここで暴れる理由もない。
それに、ここは山ではない。
地形も、建物も、人の配置も、何も知らない場所で無茶をするほど、ハレは馬鹿ではなかった。
近衛兵に囲まれながら、王宮の廊下を進む。
石の床。
高い天井。
壁に刻まれた紋章。
柱の装飾。
すべてが現実離れしている。
だが兵士たちの足音や、鎧の擦れる音は妙に生々しかった。
「なぁ」
ハレは小声でサラに聞く。
「これ牢屋じゃないよな?」
サラは少しだけ気まずそうに答えた。
「……違います」
一拍。
「ですが、監視はつきます」
「だよな」
ハレは笑った。
「まあ、俺の立場で信用しろって方が無理ある」
サラは申し訳なさそうに視線を落とした。
「すみません」
「謝るなって」
ハレは前を向いたまま言う。
「王様、ちゃんとしてると思うぞ。完全に敵扱いでもおかしくないのに、話は通してる」
サラの表情が少し緩む。
「……父上ですから」
しばらく歩くと、大きな扉の前で足が止まった。
近衛兵が扉を開ける。
「こちらです」
中は広い部屋だった。
石造りの壁に、簡素だが整えられた家具。
大きなベッド。
机と椅子。
窓からは白く澄んだ光が差し込んでいる。
「本日はここでお休みください」
近衛兵が言う。
「外には常に者を配置します」
「だろうな」
「何かあればお呼びください」
一礼して、近衛兵が下がる。
扉が閉まった。
乾いた音が、やけに大きく響いた。
静寂。
ハレはしばらく扉を見ていた。
外からは、かすかに足音が聞こえる。
近衛兵が配置についているのだろう。
「……ガチで監視付きか」
ハレはベッドに腰を下ろした。
柔らかい。
思わず、少しだけ身体が沈む。
(山で寝るのとは別モンだな……)
天井を見る。
見慣れない紋様。
綺麗に組まれた石の天井。
「……異世界、ねぇ」
ようやく、少しずつ現実感が追いついてくる。
カラスが少女になったこと。
その少女が王女だったこと。
敵に追われたこと。
自分が異世界に来てしまったこと。
どれも普通なら受け入れられない。
だが、ここまで来ると受け入れるしかない。
そう思ったところで、急に身体の重さが押し寄せてきた。
山を走り、敵から逃げ、異世界へ飛ばされた。
気を張っていた分、緩んだ瞬間に疲労が一気に出たのだ。
「……ちょっとだけ」
ハレはそう呟き、ベッドに身体を預けた。
目を閉じたつもりはなかった。
だが、次に気づいた時には、浅い眠りから引き戻されていた。
コンコン。
控えめなノックが鳴った。
ハレはゆっくり目を開ける。
「……どれくらい寝てた?」
窓の光は、ほとんど変わっていない。
せいぜい三十分ほどだろう。
「ハレ」
サラの声だった。
「入っていいですか」
「どうぞ」
扉が開く。
サラがゆっくりと入ってくる。
先ほどまでの王女としての緊張した空気は、少し薄れていた。
扉が閉まる。
少しの間があった。
サラは部屋の中央で立ち止まった。
どこか落ち着かない様子だった。
「……さっきは」
小さく言う。
「きちんとお礼が言えませんでした」
ハレは軽く手を振る。
「いいって。何回も聞いた」
「ですが——」
サラは一歩、近づいた。
「本当に、ありがとうございます」
深く頭を下げる。
ハレは少しだけ困った顔をした。
「……慣れてねぇんだよな、そういうの」
頭をかく。
「助けたのは事実だけど、たまたまだし」
サラは顔を上げた。
「たまたまではありません」
その目は、まっすぐだった。
「あなたがいなければ、私はあの時点で捕まっていました」
ハレは少し黙った。
そして、肩をすくめる。
「……そうかもな」
否定はしなかった。
「でもまあ、生きてるならいいだろ」




