王女と異邦人①
光が消えた。
視界が、ゆっくりと戻っていく。
最初に感じたのは、空気だった。
「……なんだこれ」
ハレは思わず呟いた。
重い。
いや、違う。
濃い。
山の空気とも、都会の空気とも違う。
肺に入るたびに、身体の奥がざわつくような感覚がある。
隣で、サラが静かに言った。
「これが、私たちの世界の空気です」
ハレはゆっくり目を開けた。
そこは、石造りの広い空間だった。
高い天井。
磨かれた床。
壁には見たことのない紋様が刻まれている。
そして足元には、淡く光る円形の紋様が広がっていた。
「……星門か」
「はい。王宮内に設置された星門です」
「王宮……」
ハレが言いかけた、その瞬間だった。
「動くな!!」
鋭い声が響いた。
ガシャッ、と金属音が重なる。
周囲にいた兵士たちが、一斉にこちらを取り囲んだ。
槍。
剣。
盾。
そのすべてが、ハレに向けられている。
「……おいおい」
ハレは両手を少し上げ、苦笑した。
「随分と手厚い歓迎だな」
だが兵士たちの目は笑っていない。
次の瞬間、ひときわ強い声が飛んだ。
「その男から離れてください! サラ王女!!」
ハレの思考が止まった。
「……は?」
ゆっくりサラを見る。
「王女?」
サラは一瞬だけ目を伏せた。
そして、小さく頷く。
「……はい」
「いや、今それ言うやつか?」
思わず声が出た。
カラスが人になった時点で十分おかしかった。
異世界に来た時点で、もう何が起きても驚かないと思っていた。
だが、王女はさすがに聞いていない。
その時、低い声が空間に響いた。
「サラ」
兵士たちが道を開ける。
そこから現れたのは、一人の男だった。
四十代後半ほどだろうか。
威厳のある佇まい。
だが、その目は冷たすぎない。
厳しさの奥に、どこか人間らしい柔らかさがある。
「無事だったか」
「父上」
サラがそう呼んだ瞬間、ハレは小さく息を吐いた。
サラの父。
つまり、この国の王だった。
「……王様か」
王はまず、サラを見た。
無事を確かめるように、ほんのわずか視線を動かす。
そして、サラの胸元にある精錬聖石のペンダントに目を落とした。
「精錬聖石の残量は」
サラは一瞬、唇を結んだ。
「……帰還で、ほとんど使い切りました」
王の表情が、わずかに曇る。
父としての安堵と、王としての危機感。
その両方が、一瞬だけ顔に出た。
「よく戻った」
その声は静かだった。
だが、重かった。
次に、王はハレを見た。
短い沈黙。
「その者は?」
サラが一歩前に出た。
「私を助けてくれました」
周囲が少しざわつく。
兵士たちの視線が、ハレとサラの間を揺れた。
王はしばらく黙っていた。
やがて、静かに頷く。
「警戒を解け」
兵士たちの構えが、わずかに緩む。
だが王はすぐに続けた。
「だが、武器は下げるな」
ハレは内心で少しだけ感心した。
ちゃんと現実を見ている。
敵か味方か分からない異邦人。
娘を助けたと言われても、すぐ全面的に信用するわけにはいかない。
それでも、話は聞く。
この王は、感情だけでは動かない。
王は、ハレへ向き直った。
「我が名はアストライオス。このたびは、娘を救ってくれたこと、深く感謝する」
少しだけ間を置く。
「お主の名を聞かせてくれ」
「風間晴良。ハレでいい」
アストライオスは一度だけ頷いた。
「ハレか」
王は静かに言った。
「……すまないな」
「何が?」
「本来であれば、お主が関わる必要のない戦いだ」
王は少しだけ間を置いた。
「だが、我が娘が、お主を巻き込んだ」
サラの肩が、わずかに揺れる。
「父上、それは——」
「責めているわけではない」
王は静かに遮った。
「むしろ、感謝している」
ハレは頭をかいた。
「……重いな」
アストライオスは小さく息を吐く。
「だが現状、お主を無関係として扱うこともできん」
それから少しだけ声を柔らかくした。
「まずは休め。話はその後だ」




