カラスと山男⑥
「貴方ですね」
「何が?」
「ゴライアスを止めたのは」
「勝手に転んだんじゃないか」
「いいえ」
キールの手に魔力が集まる。
「貴方は危険です」
魔法が放たれる。
ハレは避ける。
だが、さっきのゴライアスとは違う。
雑ではない。
逃げ道に置くように撃ってくる。
木の陰に逃げれば、そこへ次が来る。
距離を取れば、横から塞がれる。
「……こいつ、考えて撃ってくるな」
ハレは歯を食いしばる。
サラを守りながらでは、動きが制限される。
キールは冷静だった。
「道具。地形。誘導」
ゆっくり近づく。
「一度見れば、対処できます」
ハレは追い込まれていく。
背後は木。
右は斜面。
左はサラ。
逃げ場がない。
ハレは両手を上げた。
「……分かった。降参」
サラが息を呑む。
キールは足を止めた。
「賢明です」
「だろ。俺、魔法使えないし」
ハレは両手を上げたまま、少しだけ笑った。
足元は、草で隠れている。
「たださ」
足先で、ロープを引いた。
「山で相手の手だけ見るのは、よくない」
しならせていた枝が解放された。
太い枝が、勢いよくキールへ向かう。
キールは反応した。 だが、完全には避けきれない。
枝はキールの手に直撃した。
「っ……!」
魔法の制御が乱れる。
その一瞬。
ハレは踏み込んでいた。
「悪いな」
拳を握る。
「意外と力はあるんだよ」
ハレの拳が、キールの顔面に入った。
鈍い音。
キールの身体が後ろへ揺れ、そのまま膝をつく。
完全に倒したわけではない。
だが、意識は一瞬飛んだ。
ハレはすぐにサラの手を取る。
「走るぞ」
「はい!」
二人は森を抜ける。
サラが示す方向へ、ひたすら進む。
やがて、木々の奥に開けた場所が見えた。
そこだけ、空気が違う。
古い石の台座。
苔むした円形の紋様。 半分土に埋もれた石柱。
サラのペンダントが、淡く光る。
「ここです」
「星門か」
「はい」
サラは台座へ近づいた。
だが、足元が揺れる。
ハレが支える。
「大丈夫か」
「……はい。これで、戻れます」
ハレは息を吐いた。
「なら、ここでお別れだな」
サラが振り返る。
「いえ」
「いえ?」
「あなたも来てください」
ハレは固まった。
「……何で?」
「敵がまだ近くにいる可能性があります。ここに残せば危険です」
「いや、でも俺は地球の人間で——」
「それに」
サラは少しだけ目を伏せた。
「助けていただいたお礼も、まだできていません」 「いや、お礼とかいいから」
「よくありません」
サラの声は弱い。
だが、頑固だった。
「王国へ来てください。安全を確保します」
「安全って、異世界の方が安全に聞こえないんだけど」
遠くで、枝が折れる音がした。
ハレとサラが同時に振り向く。
追手が動き始めている。
ハレは短く息を吐いた。
「……考えてる暇ないか」
サラは精錬聖石のペンダントを握る。
淡い光が、星門の紋様へ流れ込む。
「ハレ」
「何だよ」
「少し、揺れます」
「先に言うことそれか?」
光が足元から立ち上がる。
空気が震える。
ハレはリュックの肩紐を握った。
「休日、終わったな……」
次の瞬間。
視界が白に染まった。 * * *光が消えた。
ハレが最初に感じたのは、空気だった。
重い。
いや、濃い。
肺に入った瞬間、身体の奥がざわつく。
「……なんだこれ」
目を開ける。
石造りの広い空間。
高い天井。
磨かれた床。
足元には、淡く光る円形の紋様。
そして周囲には、兵士たちがいた。
「動くな!!」
鋭い声。
ガシャッと金属音が重なる。
槍と剣が、一斉にハレへ向けられた。
「……おいおい」
ハレは両手を上げる。
「今度は何だよ」
その時、一人の兵士が叫んだ。
「その男から離れてください! サラ王女!!」
ハレの思考が止まる。
ゆっくり、隣のサラを見る。 「……王女?」
サラは、少し気まずそうに目を伏せた。
ハレは乾いた笑いをこぼす。
「いや、今それ言うやつか?」
こうして、ハレの異世界での最初の一日が始まった。




