王女と異邦人③
短い沈黙。
さっきよりも、空気は少し柔らかかった。
サラはベッドの端に腰を下ろした。
少し距離を空けて。
「……怖く、なかったのですか」
「ん?」
「私のような存在を見て」
「カラスが人になるやつ?」
「はい」
ハレは少し考えた。
「……まあ、普通にビビったな」
正直に言う。
「今でもよく分かってねぇし」
軽く笑う。
「でもさ」
声が少し落ち着く。
「弱ってるやつが目の前にいたら、助けるだろ」
サラは言葉を失った。
「山でさ」
ハレは続ける。
「怪我したやつ放っとくと、だいたい死ぬ」
「……」
「だから、まず助ける。それだけ」
サラの指先が、わずかに動いた。
「……私には」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「そういう発想が、ありませんでした」
「だろうな」
ハレはあっさりと言った。
「立場的に」
サラは少しだけ苦笑した。
「……はい」
再び沈黙。
しかし、それは重い沈黙ではなかった。
「なぁ」
ハレが口を開く。
「さっきの敵、どれくらいヤバい?」
サラの表情が変わった。
「……かなり」
はっきりと言う。
「一人目に戦ったゴライアスは、前衛型です。高出力の魔法で正面から押し切るタイプです」
ハレは、山中で罠にかかった男を思い出した。
見た目だけは威圧感があった。
だが、足元は見ていなかった。
「ああ、あのゴツいだけの魔法ゴリ押し野郎か」
サラは少し困ったように眉を下げた。
「……言い方はともかく、近いです」
ハレは肩をすくめる。
「実際、足元見てなかったしな」
サラは小さく頷いた。
「ただ、本当に厄介なのは、キール。キール・カルバスです」
「キール……」
ハレは、あの冷たい視線を思い出した。
「……あいつか」
サラは頷く。
「はい。本来、キールは火の魔法を得意とします」
「火か」
「はい。高威力で、制圧力が高い。しかも、ただ火力で押すだけではありません」
サラは少し表情を曇らせた。
「おそらく地球では、目立つことを避けるために火の魔法を抑えていたのだと思います」
ハレは、山中で見たキールの冷たい目を思い出した。
「……なるほどな。あれで抑えてたのか」
「はい。こちらの世界では、隠す必要がありません」
「めんどくせぇな。二段階目あるタイプかよ」
サラは小さく頷いた。
「しかもキールは、ただ強いだけではありません」
ハレは小さく息を吐いた。
「見て、考えるタイプだろ」
サラは少し驚いたように目を上げる。
「……はい」
「一度でも対応を見せれば、次は通じません」
「めんどくせぇな」
ハレは苦笑した。
サラは少し迷ってから、続けた。
「……だからこそ、あなたは危険です」
「俺が?」
「はい」
サラはまっすぐに見る。
「あなたの戦い方は、この世界の常識ではありません」
「魔法使わねぇからな」
サラは首を横に振った。
「それだけではありません」
言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。
「この世界の戦いは、魔力の削り合いです」
ハレは黙って聞く。
「剣や槍もあります。ですが、それらも魔法を乗せて使います。攻撃も防御も、最終的には魔力量と出力で勝敗が決まります」
「……持った方が勝つってことか」
「はい」
「より強い魔法を放ち、より長く防ぎ続けた者が勝つ。それが基本です」
ハレはふっと笑った。
「そりゃ足元見なくなるわ」
サラが小さく息を呑む。
「環境を使う。誘導する。崩す。そういった戦い方は、ほとんど存在しません」
ハレは肩をすくめた。
「勝つためにやってるだけだ」
その時だった。
ドンッ!!
低い衝撃音が響いた。
部屋の空気が震える。
ハレとサラが同時に顔を上げる。
外で足音が一気に増えた。
「侵入だ!!」
「東側区画、結界破損!!」
「敵影確認!!」
サラの顔色が変わる。
「……もう来た」
ハレは窓の外を見る。
遠くで、空気が歪んでいる。
「仕事、早ぇな」
ドンッ!!
今度は強く扉が叩かれる。
「サラ王女!!」
近衛兵の声。
「敵が王宮内に侵入しました!!」
サラは立ち上がる。
その目が、一瞬で変わった。
王女の顔。
「案内してください」
兵士が頷く。
ハレもゆっくり立ち上がった。
そして、ベッド脇に置いていたリュックを肩に掛ける。
「……これもだな」
サラが小さく首を傾げる。
「それは……?」
ハレは軽く笑った。
「いつもの道具だよ」
それ以上は説明しない。
肩紐を引き直し、扉へ向かう。




