静かな日曜日のはずだった⑤
数時間後。
再びノックが鳴った。
ハレは思ったより早く立ち上がっていた。
リオンが言う。
「早いですね」
「たまたまだ」
リオンは少しだけ目を細めた。
「そういうことにしておきましょう」
「余計なお世話だ」
ハレはドアを開けた。
サラが立っていた。
朝よりも、表情が硬い。
その後ろに八田もいる。
ハレはすぐに察した。
「……良い話じゃなさそうだな」
サラは頷いた。
「はい。父上から、伝えるようにと言われました」
「何を?」
サラは一度、息を整えた。
「敵国が、王国に対して大規模侵攻の準備に入ったという情報が入りました」
部屋の空気が、明らかに変わった。
ハレはゆっくり扉を閉める。
「侵攻って、軍を動かすってことか?」
「はい。転移魔法を使って進軍してきます」
「転移魔法……星門とは違うのか?」
「違います。星門ほど安定した通路ではありません。大量の魔力と準備が必要です」
ハレは少しだけ眉を寄せた。
「でも、前の追撃も転移だったんだよな?」
サラは頷いた。
「はい」
「前は探知できなかった。今回はまだ予兆も出てない。でも、侵攻の準備は分かる。どういうことだ?」
サラは一瞬、表情を曇らせた。
「本来、三十人規模程度の小隊転移でも、発動には二、三時間の準備が必要です」
「その間に歪みが出る?」
「はい。ごく弱いものですが、魔力場に揺らぎが出ます」
八田が続ける。
「地球側では、磁場の乱れとして観測される場合もあります」
ハレは腕を組んだ。
「じゃあ、最初の奇襲は?」
「出ませんでした。少なくとも、観測できる形では」
八田の声が少しだけ低くなる。
「敵国側が保有する新型の転移補助技術が使われた可能性があります。転移の準備工程を圧縮し、歪みを外に漏らさないようにした」
ハレは言葉を探す。
「つまり、普通なら二、三時間かかる転移を、新技術で無理やり即時発動したってことか」
「はい」
サラは小さく息を吐いた。
「敵国は、私を捕らえるために、その技術を使ったのだと思います」
「そこまでして、サラを捕まえたかったわけだ」
サラは答えなかった。
それが、答えのようなものだった。
ハレは少しだけ表情を険しくする。
「で、今回は?」
「規模が違います」
サラの声が硬くなる。
「推定で、数千人規模です」
ハレは言葉を失った。
「数千……?」
「第一波だけでそれに近い規模になる可能性があります。兵だけではありません。装備、補給物資、魔力媒体、術式補助具。それらをまとめて転移させる準備が進んでいる、とのことです」
八田が淡々と補足する。
「たとえ歪みを抑える技術があっても、その規模では完全には隠しきれません」
ハレは小さく息を吐いた。
「前は隠せた。でも今回はデカすぎて、実際に始まれば漏れるってことか」
「はい」
「その情報が入ったのは?」
「昨日です」
ハレは眉を寄せた。
「昨日って……襲撃があった日じゃねぇか」
サラは小さく頷いた。
「はい」
「関係あるのか?」
八田が静かに答えた。
「断定はできません。ただ、無関係と考えるにはタイミングが合いすぎています」
ハレは腕を組んだ。
「正式な予兆は?」
「まだ、確定した歪みは観測されていません」
「じゃあ、場所は分からないのか?」
「完全には分かりません」
サラはそう言って、八田を見る。
八田が頷いた。
「ただし、候補地はいくつか絞れます」
「予兆なしで?」
「はい。大規模転移には条件があります。兵員と物資を展開できる広さ。転移後に進軍しやすい地形。王国側の重要拠点へ向かうルート。そして、魔力場が比較的安定している場所」
ハレは少し考える。
「つまり、どこでも開けるわけじゃない」
「はい」
「まだ予兆は出てない。でも、敵が準備してるなら、開きそうな場所は地理的に読めるってことか」
「その通りです」
サラが続ける。
「通常の大規模転移であれば、正式な予兆が観測されてから七日前後で開くと考えられています」
「七日か」
「はい。ただし、敵国が前回のような新型の転移補助技術を使った場合、二、三日まで短縮される可能性があります」
「二、三日……」
ハレは息を吐いた。
「かなり時間がねぇじゃねーか」
「はい」
「こっちが準備する時間としては短すぎるだろ」
「だから、予兆が出てから動いていたのでは遅いのです」
サラが静かに言った。
「先に候補地を絞り、準備できる場所から備える必要があります」
ハレは窓の外を見た。
日曜の昼下がり。
外では、普通に車が走っている。
誰かが買い物袋を持って歩いている。
子どもの声もする。
そのすぐ横で、異世界の王国への大規模侵攻の話をしている。
情報量が多すぎる。
ハレは小さく息を吐いた。
「予兆待ちってわけにもいかねぇか」
「はい」
「地図はあるのか?」




