カラスと山男③
「サラ。何に追われてる?」
サラの手が止まった。
「なぜ、それを」
「カラスになって落ちてきた。元の世界へ戻りたい。魔力がどうこう。普通に考えて、何かから逃げてきたんだろ」
サラはしばらく黙っていた。
やがて、小さく頷く。
「……追われています」
風が、木々の間を抜ける。
サラは胸元のペンダントに触れた。
「これは、精錬聖石です」
「せいれん……?」
「魔力を蓄え、増幅し、魔法の発動を安定させる石です。普通の聖石よりも高純度で、出力も容量も大きい。大量の魔力を貯めることもできます」
「つまり、高級バッテリーみたいなもんか」
「ばってりい、が何かは分かりませんが……近いかもしれません」
サラは続けた。
「本来、精錬聖石を常に持つことができる者は限られています。一部の高位者、特殊な兵、聖職者……そういった者たちです」
「そんな大事なもんを持ってるってことは、あんたもそれなりの立場ってことか」
サラは一瞬だけ視線を伏せた。
「……今は、それよりも説明すべきことがあります」
「隠したな」
「すみません」
「まあ、いい。今は生きて帰る方が先だ」
サラは小さく頷いた。
「私は、二十歳の儀式のために、この世界へ来ました」
「儀式?」
「私たちの世界には、古くから地球と繋がる星門があります。地球は、守護すべき星のひとつとされています」
「地球が?」
「はい。ですが、儀式の途中で襲撃を受けました」
サラの表情が曇る。
「戦闘と逃走で、精錬聖石に蓄えていた魔力をほとんど使い切ってしまいました。今、残っているのは——」
一度、息を整える。
「元の世界へ戻るための“移転”に必要な分だけです」
「それを使えば帰れる」
「はい」
「でも、それを戦闘に使ったら?」
「帰れなくなります」
ハレは短く息を吐いた。
分かりやすい。
そして、かなり悪い状況だった。
「この近くに、戻れる場所があるのか?」
「あります」
サラは弱々しく頷く。
「星門と呼ばれる場所です。この山中に、古い星門があります」
「星門」
「世界と世界を繋ぐ門です。ただし、今の私にはそこまで行く必要があります」
「歩けるのか?」
サラは立ち上がろうとした。
だが、すぐに膝が揺れる。
ハレが支えた。
「無理だな」
「……すみません」
「謝るな。状況が悪いだけだ」
ハレは周囲を見る。
夏の山。
魔力の薄い地球。
弱った異世界の女性。
追手。
普通に考えれば、関わらない方がいい。
だが、ここで置いていけば死ぬ。
「そこまで行けば帰れるんだな?」
「はい」
「分かった。送る」
サラが顔を上げる。
「ですが、危険です」
「もう十分危険だろ」
「あなたは、この戦いに関係ありません」
「さっきカラスが人になるところを見た時点で、無関係は無理がある」
ハレはリュックを背負い直す。
「山の中なら、俺の方が動ける」
「でも——」
「歩けるまで支える。無理なら休む。追手が来たら、逃げる」
ハレは軽く笑った。
「山では、強いやつより慌てないやつが生き残るんだよ」
サラはしばらくハレを見ていた。
そして、小さく頷く。
「……お願いします」
ハレはサラの腕を肩に回させた。




