カラスと山男②
ハレはリュックから水筒を取り出した。
「一気に飲むなよ。少しずつ」
少女の上体を支え、唇に少しずつ水を含ませる。
彼女は小さく喉を鳴らした。
「……ありがとうございます」
声は弱い。
だが、言葉は通じた。
「しゃべれるのか」
「……はい」
「いや、そこも十分おかしいんだけどな」
ハレは周囲を見た。
直射日光が当たっている。
「とりあえず木陰だ」
ハレは慎重に彼女を支え、近くの木陰へ移した。
シートを敷き、リュックを枕代わりにする。
首元を少し緩め、風が通るようにする。
顔色は悪い。
唇も乾いている。
汗もほとんど出ていない。
「脱水っぽいな。あと、熱でかなりやられてる」
「この世界は……暑いですね」
「夏の山だからな」
「それだけでは、ありません」
彼女は胸元のペンダントに手を添えた。
石は、ほんのわずかに光っている。
「魔力が、薄い」
ハレは黙った。
聞き間違いかと思った。
「……魔力?」
「はい」
「魔力って、あの魔法の魔力?」
彼女はゆっくり頷く。
「この世界の大気には、ほとんど魔力がありません」
ハレは額を押さえた。
「カラスが人になった時点で、もう何でもありか」
彼女は苦しそうに息を吐く。
「私は、元の世界へ戻らなければなりません」
「元の世界?」
「この世界とは別の場所です」
「異世界ってことか」
彼女は少し驚いたように目を開いた。
「理解が早いのですね」
「いや、理解はしてない。言葉として受け止めてるだけ」
ハレはリュックから小型バーナーとクッカーを取り出した。
「とりあえず、話は後だ。何か腹に入れた方がいい」
「いえ、そんな……」
「遠慮してる余裕ないだろ」
水を少し。
塩分。
体に負担の少ないスープ。
ハレは慣れた手つきで準備を始めた。
乾燥野菜と少量の出汁、塩を入れた簡単なスープ。
少しだけ米も加えて、柔らかく煮る。
湯気が立つ。
彼女は、その様子を不思議そうに見ていた。
「……魔法では、ないのですね」
「バーナーだよ」
「ばあなあ」
「火を出す道具」
「火を……道具で?」
「お前の世界、そこに驚くのか」
ハレは苦笑しながら、スープを木製のカップに注いだ。
「熱いからゆっくり」
彼女は両手でカップを受け取った。
一口。
その瞬間、少しだけ表情が緩んだ。
「……あたたかい」
「うまいか?」
「はい」
「よかった」
彼女は少しずつ食べた。
最初は弱々しかった呼吸も、少し落ち着いていく。
ハレはその間、周囲の音に耳を澄ませていた。
山は静かではない。
静かすぎる時こそ危ない。
「……で」
彼女が少し落ち着いたのを見て、ハレは口を開いた。
「名前は?」
彼女はしばらく息を整えてから、答えた。
「……サラ」
「サラ?」
「サラ・クロウレア」
「俺は風間晴良。ハレでいい」
サラは小さく頷いた。
ハレはカップを持つサラの手元を見た。
まだ震えている。




