静かな日曜日のはずだった②
ドアを開ける。
そこに立っていたのは、昨日の黒髪の女性だった。
地味な服装。
印象に残りにくい顔立ち。
だが、目だけは妙に冷静。
昨日、黒いワンボックスから降りてきて、男たちを「対象」と呼んだ女だ。
「昨日の件で報告があります」
「日曜の朝に?」
「はい」
女性は部屋の中を一瞥した。
トースト。
ベーコンエッグ。
コーヒー。
三人分の皿。
ほんの少しだけ、動きが止まった。
「あ、朝ごはんですか?」
ハレは思わず普通に返した。
「そうなんですよ〜」
「そうですか。失礼しました。また時間を改めます」
ぐぅぅ。
サラの時より、はっきり大きな音だった。
部屋の空気が止まった。
女性は表情を変えなかった。
まるで今の音は、外を通ったトラックのものだと言いたげだった。
ハレはフライパンを手に取った。
「食べますか?」
「いえ、任務中ですので」
ぐぅぅぅ。
今度はさらに大きかった。
サラが目を丸くする。
リオンも珍しく、わずかに眉を動かした。
ハレは無言で、食パンをもう一枚取り出し、さらに卵を二つ割った。
「座ってください」
「……恐縮です」
数分後。
四人分の朝食が並んだ。
トースト。
ベーコンエッグ。
コーヒー。
それから、冷蔵庫に残っていたサラダも少し。
ハレは四人分の皿が並んだテーブルを見た。
異世界の王女。
近衛兵。
地球側の秘密めいた関係機関のエージェント。
そして、なぜかベーコンエッグを焼いている普通の会社員。
「……どんな食卓だよ」
黒髪の女性は、皿を見てほんの少しだけ目を動かした。
「よく、これだけ食材がありますね」
「普段から自炊するし、朝飯は食うからな」
ハレはフライパンを流しに置きながら答えた。
「卵とパンとベーコンくらいは、だいたい置いてる」
「なるほど」
「それに」
ハレはサラとリオンを見る。
「昨日は誰かさんたちが押しかけてきて、まともに食う暇なかったしな」
サラは少しだけ視線を逸らした。
「そんなこともありましたね」
「昨日の話だよ」
「そうでしたっけ?」
「しれっと記憶を薄めるな」
「ですが、結果的に楽しかったです」
「俺は晩飯を食い損ねたんだよ」
「まあまあ、今日は朝ごはんを食べられたんですから、いいじゃないですか」
ハレは四人分の食卓を見た。
「……誰かのおかげで、久しぶりにまともなメシだけどな」
「それは良かったです」
「だからお前の手柄みたいにするな」
ハレは息を吐いた。
「謝るなら、次から押しかける前に連絡しろ」
「でも、連絡するより来る方が早いです」
「そういう問題じゃねぇよ」
サラは少し考えたあと、にこりと笑った。
「善処します」
そして、ほんの少しだけ舌を出した。
「今の、絶対やる気ないやつだろ」
「あります」
「舌出して言うな」
黒髪の女性は、表情を変えずにトーストをかじった。
「大変美味しいです」
そして、丁寧にカップを置くと、紙袋の横に小さな黒いケースを置いた。
「早速ですが、昨日の件についてご報告します」
空気が、少し変わった。
サラの手が止まる。
リオンの目が鋭くなる。
ハレはコーヒーを置いた。
「……日曜の朝飯中に聞く話じゃなさそうだな」
女性は頷いた。
「はい。あまり良い話ではありません」
黒髪の女性は、そこで少しだけ姿勢を正した。
「申し遅れました、八田優香です」
ハレは箸を止めた。
「名乗るタイミング!……って、八田?」
「はい」
「いや、会社に同じ名字の新人が来たんだけど」
「よくある名字です」
即答だった。
早すぎた。
ハレは目を細める。
「名字だけじゃなくてさ」
「はい」
「昨日から、どっかで見たことある気がしてたんだよ」
八田優香は表情を変えなかった。
「どこにでもある顔です」
「自分で言うな」
ハレは続けた。
「あと、うちの会社に来た八田美香って新人と、雰囲気が似てる」
「どこでも売っている雰囲気です」
「雰囲気は売ってねぇよ」
リオンが真面目に言う。
「同姓で、雰囲気も似ている。偶然にしては不自然です」
「だよな」
八田は咳払いを一つした。
「話を戻します」
「戻し方が強引なんだよ」




