静かな日曜日のはずだった①
日曜の朝。
ハレは、フライパンの上でベーコンを焼いていた。
じゅう、と脂の音がする。
隣のコンロでは卵が二つ。
トースターの中では、食パンが少しずつ色づいていた。
「……今日は絶対に何もしない」
ハレは、そう決めていた。
昨日は、ただアウトドアショップへ行っただけのはずだった。
熊よけスプレーを買う。
ロープを買う。
源三に軽く挨拶する。
帰って、道具の手入れをする。
それだけの土曜日になる予定だった。
だが実際は、粗悪な魔力媒体を持った男たちに襲われた。
火球が飛んだ。
ガードレールが焦げた。
リオンが敵を制圧した。
源三がロープを持ってきた。
黒いワンボックスが現れ、地球側の関係機関が男たちを回収した。
そして、その後も平和ではなかった。
夕飯の買い出しにスーパーへ寄れば、サラは見慣れない食材や菓子売り場に目を奪われ、何度も別の棚へ行こうとした。
リオンは防災用品コーナーを見て、なぜか地球を危険地帯のように認識しかけた。
「地球では、一般の商店にも非常装備が置かれているのですね」
「災害用だ。襲撃用じゃない」
帰宅後も、サラとリオンはハレの部屋に居座った。
テレビをつければ質問。
映画を流せば質問。
CMが流れても質問。
結果、ハレは晩飯らしい晩飯を食うタイミングを失った。
休日とは何なのか。
ハレは、もう深く考えないことにした。
「今日は何もしない。絶対に何もしない」
誰に言うでもなく、もう一度呟く。
トースターが軽い音を立てた。
食パンが焼ける。
ハレは皿を出し、ベーコンエッグを乗せた。
その時だった。
コンコン。
玄関からノックがした。
ハレは動きを止めた。
「……何もしないって言ったよな、俺」
コンコン。
もう一度、控えめなノック。
続いて、聞き慣れた声。
「ハレ、起きていますか?」
サラだった。
ハレは深く息を吐いた。
「起きてるけど、朝から何だよ」
ドアを開けると、サラとリオンが立っていた。
サラはまるで、朝の挨拶に来ただけのような顔で、にこりと笑った。
リオンは背筋を伸ばし、周囲を警戒していた。
日曜の朝、アパートの共用廊下で近衛兵の顔をするな。
ハレはそう思ったが、言う気力はなかった。
「どうした?」
「昨日の件について、少しお話を」
サラが言いかけたところで、鼻が小さく動いた。
視線がハレの肩越しに室内へ向く。
「……ご飯ですか?」
「朝飯だよ」
「そうですか」
サラは小さく頷いた。
しかし視線は、完全にフライパンの方へ向いていた。
「食べるか?」
ハレが聞くと、サラはすぐに首を振った。
「いえ、大丈夫です。お気遣いなく」
ぐぅ。
部屋に、はっきりと音が響いた。
サラが固まる。
リオンが真顔でサラを見る。
ハレは何も言わず、食パンをさらに二枚取り出した。
「座れ」
「……すみません」
「リオンも食うだろ」
リオンは即座に首を振った。
「護衛中ですので」
ぐぅ。
今度はリオンの腹が鳴った。
リオンの表情は変わらなかった。
むしろ、今鳴ったのは自分ではないと言いたげな顔だった。
ハレは卵を四つ追加で割った。
「お前も座れ」
「……恐縮です」
「真顔で腹鳴らしてんじゃねぇよ」
「身体の反応です」
「分かってるよ」
数分後。
三人分のトーストとベーコンエッグが、小さなテーブルに並んだ。
正確には、地球側の協力者だか関係機関だか知らないが、勝手に用意していった、広げれば三人でも使えるようになったテーブルだ。
ハレはそのテーブルを見下ろし、少し顔をしかめた。
「……便利になってるのが腹立つな」
「美味しいです」
サラはトーストを両手で持ち、幸せそうに食べていた。
「良かったな」
リオンはベーコンエッグを真剣に見つめている。
「地球の朝食は、簡素ですが合理的ですね」
「褒めてんのか、それ」
「はい。手っ取り早くたんぱく質を摂れるのが良いですね」
「朝飯を栄養補給みたいに言うな」
「違うのですか?」
「違わないけど、そういう言い方するな」
ハレはコーヒーを一口飲んだ。
サラはトーストを食べながら、少しだけ表情を引き締める。
「昨日の件ですが」
「来たか」
ハレは皿を置いた。
「やっぱり、ただのチンピラじゃないよな」
「はい。あの媒体は、王国で使われる聖石具に似ていました。ですが、構造が違いました」
リオンも頷く。
「魔法具にしては、均一すぎました。まるで、規格品です」
「機械っぽいってやつか」
「はい」
ハレはため息をついた。
「日曜の朝に聞きたくない単語だな」
その時。
コンコン。
またノックが鳴った。
ハレは眉を寄せる。
「今度は誰だよ」




