帰宅しても休まらない⑦
ハレが叫ぶより早く、リオンが動いた。
剣は抜かない。
踏み込み、腕を取り、媒体を握った手首を外側へ逸らす。
男の魔力が不安定に揺れた。
「撃たせません」
そのまま肩を入れ、壁際へ押さえ込む。
動きが速い。
だが、音は小さい。
「加減しろよ!」
「しています」
「今の加減なのかよ」
倒れた男が、割れた媒体を拾おうとする。
ハレは咄嗟に近くのカラーコーンを蹴った。
転がったコーンが男の手に当たり、媒体が遠くへ滑る。
「拾わせるかよ」
その時、店の入口から低い声が飛んだ。
「晴良」
ハレが振り返る。
源三が立っていた。
手には太いロープ。
「今の音、何だ」
「説明すると長い」
「じゃあ後で聞く」
源三は拘束された男たちを見た。
「縛るか」
源三は慣れた手つきでロープを投げる。
ハレが受け取り、転んだ男の腕を後ろに回す。
リオンがもう一人を押さえ込む。
源三が結び目を確認し、低く言った。
「甘い」
「え?」
「それじゃ解ける。逃げられる結びだ」
源三は手早く結び直した。
男が動こうとするが、ロープはびくともしない。
サラが小さく息を呑む。
「……見事な拘束です」
リオンも、押さえていた男から視線を外さずに言った。
「源三殿」
「何だ」
「あなたの視線、動き、拘束の手際……かなりの手練れとお見受けします」
源三は返事をしない。
リオンはさらに続けた。
「それは、猟師としてのものですか?」
源三はちらりとリオンを見た。
「昔、自衛隊の施設科でお茶くみしてた」
サラが首を傾げる。
「ジエイタイ?」
ハレが軽く説明する。
「こっちの国を守る組織だよ。軍隊……と言い切ると色々面倒だけど、まあそういう仕事をする人たち」
リオンの目が少し鋭くなる。
「つまり、源三殿は地球の兵だったのですね」
「施設科でお茶くみしてただけだ」
源三は平然と言った。
ハレは即座にツッコむ。
「だから、どんなお茶くみだよ」
源三はロープの結び目を軽く引き、敵を見下ろした。
「熱い茶をこぼさず運ぶには、足場と動線の把握が大事だ」
「拘束術の説明になってねぇよ」
源三は短く笑っただけだった。
そして、拘束された男を見下ろす。
「……晴良」
「何?」
「こいつら、ただの一般人じゃねぇな」
「分かる?」
「目が違う。逃げ方もな。素人は、捕まった瞬間もっと騒ぐ」
源三は男の足元を見る。
「こいつらは、逃げ道を探してる」
ハレは返事をしなかった。
落ちた黒い媒体を見る。
表面には、聖石のような光が残っている。
だが形は、妙に均一だった。
魔法具というより、工業製品に近い。
サラがそれを見て、眉をひそめる。
「敵国の聖石具に似ています。でも……作りが違います」
リオンも頷いた。
「魔法具にしては、構造が均一すぎます」
ハレは低く言った。
「機械っぽいってことか」
その時、通路の奥に黒いワンボックスが静かに止まった。
音が、ほとんどしなかった。
ハレの背中に、嫌な感覚が走る。
「……まだ来るのかよ」
リオンが、押さえていた男から目を離さずに言った。
「新手ですか」
サラの指先に、わずかに魔力の光が集まる。
「ハレ、下がってください」
黒い車のドアが開いた。
降りてきたのは、黒髪の女性だった。
地味な服装。
淡々とした足取り。
どこにでもいそうなのに、視線だけが妙に冷たい。
後ろには、同じように地味な服装の男たちが数人。
全員、動きに無駄がなかった。
味方には見えない。
少なくとも、普通の通行人ではなかった。
ハレはロープを握り直した。
リオンの身体も、わずかに沈む。
サラの表情からも、先ほどまでの柔らかさが消えた。
黒髪の女性は倒れた男たちを一瞥する。
そして、表情を変えずに言った。
「王国側と協力関係にある、地球側の関係機関です。対象を回収します」
ハレは数秒固まった。
「……味方側かよ」
「協力機関です」
「味方側とも言わねぇのかよ」
源三が横から低く言う。
「警察じゃねぇな」
女は表情を変えずに答えた。
「関係機関です」
源三は鼻で笑った。
「便利な言葉だ」
女はハレを見る。
「ご協力、感謝します」
「いや、協力した覚えはあんまりないんだけど」
「結果として、協力になっています」
「その言い方、嫌な感じだな」
女は割れた黒い媒体を拾い、専用のケースに入れた。
サラが一歩前に出る。
「それは、王国側でも確認したいものです」
女は少しだけ視線を動かした。
「共有手続きは進めます」
「手続き?」
ハレは眉を寄せる。
「さっきから、お前ら何なんだよ」
女は淡々と答えた。
「地球側の関係機関です」
「便利な言葉だな」
男たちは拘束された二人を手早く車へ乗せる。
源三はその様子を黙って見ていた。
「晴良」
「何?」
「面倒なことに巻き込まれてんな」
「めちゃくちゃ巻き込まれてる」
「じいさんには言ったのか」
ハレは少しだけ表情を引きつらせた。
「……まだ」
源三は短く息を吐いた。
「怒られるぞ」
「だよな」
「まあ」
源三はハレの肩を軽く叩いた。
「生きてりゃいい」
ハレは少しだけ黙った。
そして、頷いた。
「……うん」
黒いワンボックスのドアが閉まる。
女は最後に一礼した。
「本件は、こちらで処理します」




