帰宅しても休まらない⑥
現れたのは、五十代後半ほどの男だった。
日焼けした顔。
太い腕。
無造作に伸びた髭。
鋭いが、どこか人のいい目。
源三。
ハレの祖父の知り合いで、現役猟師。
今でもたまに山へ入る。
店ではアウトドア用品を扱っているが、山の道具と危険については、普通の店主よりずっと詳しい。
源三はハレを見て、開口一番言った。
「今度は何を壊した」
「挨拶それ?」
「お前が来る時は、だいたい何か壊してる」
「熊よけスプレーとロープと、あと休日」
源三は少しだけ眉を上げた。
「休日は売ってねぇな」
「知ってる」
源三の視線が、サラとリオンへ移る。
一瞬、目が細くなる。
だが、驚きはしない。
「……ずいぶん変わった連れ連れてんな」
ハレは少しだけ顔をしかめた。
「説明すると長い」
源三はあっさり頷いた。
「じゃあ聞かん」
「助かる」
サラが丁寧に頭を下げた。
「サラと申します」
リオンも胸に手を当てる。
「リオン・ヴァルツです」
源三は二人を見て、短く言った。
「山に入る顔じゃねぇな」
「分かるのか?」
「分かる」
源三はリオンの立ち方を見る。
「そっちの兄ちゃんは、山より戦場の歩き方だ」
リオンの目が少し動いた。
「……鋭いですね」
「猟師やってりゃ、足を見る」
ハレはため息をついた。
「頼むから店内で戦場の話すんなよ」
サラは店内を見回していた。
ランタン。
寝袋。
携帯浄水器。
固形燃料。
折りたたみ椅子。
レインウェア。
熊鈴。
非常食。
ひとつひとつが珍しいらしい。
「これは、野営用の道具ですか?」
「そう」
「これだけあれば、かなり安全に休めそうですね」
「まあ、使い方次第だな」
リオンは別の棚で立ち止まっていた。
ロープ。
カラビナ。
ナイフ。
斧。
鉈。
防災用ライト。
目が真剣すぎる。
「おい、リオン」
「はい」
「キャンプ用品店で戦場の目をするな」
「良い装備が多いです」
「その感想は店主が喜ぶやつだけど、方向性が怖いんだよ」
源三は低く笑った。
「兄ちゃん、刃物見る目がガチだな」
リオンは真顔で答える。
「よい刃は、戦場で命を救います」
ハレは即座に言った。
「キャンプ用品店で戦場の話すんなって言ったばっかだろ」
しばらく、ハレは必要な物を選んだ。
熊よけスプレー。
細めのロープ。
カラビナ。
携帯食。
小型の防水袋。
予備の手袋。
源三は品物を見ながら言った。
「熊よけ、また買うのか」
「この前使った」
「熊か?」
「……熊ではない」
源三は少しだけ目を細めた。
「じゃあ聞かん」
「助かる」
会計を済ませ、三人は店を出た。
その時だった。
リオンの足が、ほんのわずかに止まった。
「ハレ殿」
「ん?」
「後方に不審な者がいます」
ハレは振り返らなかった。
リオンの声は低い。
冗談ではない。
「何人?」
「二人。先ほどから距離を保っています」
サラの表情も変わる。
「魔力反応は?」
サラはほんの少しだけ胸元の精錬聖石に触れた。
「……微弱ですが、あります」
ハレは小さく息を吐いた。
「土曜の買い物くらい普通にさせろよ」
リオンの手が、自然に外套の内側へ動きかける。
ハレは即座に言った。
「剣は出すな」
「まだ何もしていません」
「手が動いてんだよ」
リオンは静かに手を止めた。
店の脇、駐車場へ続く細い通路。
人通りは少ない。
ハレはあえて、そちらへ足を向けた。
「人目の少ない方へ行くのですか?」
サラが小声で聞く。
「向こうが仕掛ける気なら、通行人が多い場所よりマシだ」
リオンが頷く。
「誘導ですね」
「そういうこと」
数歩。
背後の足音が、わずかに近づいた。
「……来るぞ」
ハレが低く言った瞬間。
通路の奥から、男が一人出てきた。
もう一人が、背後を塞ぐ。
見た目は普通の地球人だった。
だが、その片方の手には、小さな黒い金属片のようなものが握られている。
サラの顔色が変わった。
「……魔力反応があります」
リオンの目が鋭くなる。
「敵ですか」
「たぶんな」
男の一人が、低く笑った。
「確認だけでいいと言われていたが」
手の中の黒い金属片が、淡く赤く光る。
「反応を見るくらいは、構わないだろう」
サラが一歩前へ出ようとする。
ハレは腕で制した。
「撃つ気だ」
「ハレ!」
次の瞬間、赤い光が弾けた。
火球。
だが、キールのような精密さも、圧倒的な出力もない。
粗い。
荒い。
不安定。
それでも、普通の人間が受ければ危険な威力だった。
「伏せろ!」
ハレはサラの肩を押し、横へ飛ぶ。
火球は通路脇のガードレールに当たり、バンッと音を立てて弾けた。
煙。
熱。
焦げた匂い。
ガードレールの表面が黒く焼け、白い煙が細く上がる。
男の手の中で、黒い金属片がひび割れる。
サラが言った。
「あれは粗悪な媒体です! 一度撃てば、もう保ちません!」
「使い捨てロケット花火かよ!」
男は舌打ちし、逃げようとした。
もう一人の男も、手元の黒い媒体を握り直す。
赤い光が、指の隙間から漏れた。
「二発目来るぞ!」




