帰宅しても休まらない⑤
「とにかく、今日はもう寝ろ。あと夜中にドア叩くなよ」
「はい」
「テレビの音も小さくしろ」
「はい」
「テッテレーも禁止」
サラは少しだけ黙った。
「……努力します」
「禁止だって言ってんだろ」
ハレは自分の部屋に戻った。
鍵を閉める。
チェーンもかける。
一応、ドアの前にしばらく立つ。
右にサラ。
左にリオン。
そして自分は真ん中。
「……俺のアパート、いつから異世界警備拠点になったんだよ」
ハレは壁に耳を近づけた。
いつもなら、隣の生活音くらいはかすかに聞こえる。
だが、何も聞こえない。
妙に静かだった。
反対側の壁も確認する。
やはり、何も聞こえない。
「……待て。壁薄かったよな、ここ」
ハレはしばらく壁を見つめた。
「防音まで強化されてんのかよ……」
地球側の協力者。
手配が細かすぎる。
その夜。
ハレはようやく一人になった部屋で、深く息を吐いた。
右にはサラ。
左にはリオン。
自分は二〇二号室。
完全に挟まれている。
「……寝よ」
ハレは床に敷かれた布団に倒れ込んだ。
その瞬間、身体が沈んだ。
柔らかい。
妙に柔らかい。
いつもの薄いせんべい布団ではない。
ふかふかだった。
腹立つくらい、ふかふかだった。
ハレはしばらく天井を見つめた。
そして、枕に顔を埋める。
「布団も良くなってんなぁ、ちくしょー!」
声は、厚手のカーテンと妙に強化された防音に吸われた。
隣からの反応はない。
外にも漏れない。
ただ、ハレの叫びだけが、やけに快適になった八畳の部屋に虚しく響いた。
「……防音、効きすぎだろ」
翌朝。
ハレはノックの音で目を覚ました。
コンコン。
「ハレ、起きていますか?」
サラの声。
反対側から、別のノック。
コンコン。
「ハレ殿、起床時刻です」
リオンの声。
ハレは布団の中で目を開けた。
「……包囲網、朝から機能してんな」
しばらくして、三人はアパートを出た。
目的地は、ハレ行きつけのアウトドアショップ。
キャンプ道具の補充。
ロープの買い足し。
熊よけスプレーの再購入。
それから、スリングショット用の小物や携帯食。
本来は一人で行くはずだった。
だが当然のように、サラとリオンがついてきた。
「いや、何でついてくるんだよ」
「昨日、買い物に行くと聞きました」
サラは真面目に答えた。
「地球の道具を知る良い機会です」
リオンも頷く。
「護衛として同行します」
「買い物に護衛いるか?」
「昨日の時点で、ハレ殿は警護対象です」
「俺、いつからそんな偉いものになったんだよ」
サラは少し楽しそうに街を見回していた。
車。
信号。
コンビニ。
自転車。
横断歩道。
この前、初めてハレの部屋へ来た日曜よりは驚きが減っていた。
それでも、サラの目は忙しい。
リオンはリオンで、すれ違う人々の持ち物を観察していた。
「地球人は武器を携帯していないのですね」
「普通はしない」
「では、襲撃時の初動に不安があります」
「街中で襲撃前提で生きるな」
そんなやり取りをしながら、三人は小さなアウトドアショップに着いた。
大通りから一本入った場所にある、古い店。
大きなチェーン店ではない。
だが、安くて良いものが多い店として、アウトドア好きの間ではそれなりに知られている。
店先にはザック、トレッキングポール、ロープ、ランタン、クッカー、防寒具などが所狭しと並んでいる。
看板には、少し色あせた文字でこう書かれていた。
アウトドアショップ源。
ハレにとっては、大学時代から何度も通った店だった。
カラン、とドアベルが鳴る。
店の奥から、低い声がした。
「おう、晴良」




