帰宅しても休まらない③
「……あれ?」
ハレは眉を寄せた。
「消し忘れたか?」
朝、電気を消した記憶はある。
多分。
いや、今週は疲れていた。
残業続きだった。
消し忘れた可能性もある。
だが、胸の奥に小さな違和感があった。
階段を上がる。
部屋の前に立つ。
鍵を差し込もうとして、手が止まった。
鍵が開いている。
「……おいおい」
ハレの背中に冷たいものが走った。
空き巣。
いや、それなら明かりをつけっぱなしにするか?
ハレはゆっくりドアノブに手をかけた。
中から、音が聞こえる。
テレビの音。
軽い効果音。
笑い声。
そして。
「これは、どういう番組なのですか?」
聞き覚えのある声。
ハレは目を閉じた。
「……まさか」
ドアを開ける。
八畳の部屋。
テレビの前に、サラが座っていた。
その横に、リオンもいる。
サラは湯呑みを両手で持ち、真剣な顔で画面を見ていた。
リオンは背筋を伸ばし、警戒しているのか番組を分析しているのか分からない顔でテレビを見ている。
ハレはドアの前で固まった。
数秒。
そして、腹の底から叫んだ。
「何してんだお前ら!!」
サラが振り向いた。
「あ、ハレ。おかえりなさい」
「おかえりなさいじゃねぇよ!」
リオンも立ち上がり、胸に手を当てる。
「帰還を確認しました」
「俺の家で何を確認してんだよ!」
その時、テレビの中で芸人が箱から飛び出した。
大きなテロップ。
ドッキリ大成功。
効果音。
『テッテレー!』
サラが目を輝かせる。
そして、いたずらっ子のように少しだけ口元を緩めた。
わざとハレに聞こえるくらいの声で言う。
「……テッテレー」
「何で今それを俺に向けて使った!?」
ハレは即座に叫んだ。
サラは首を傾げる。
「驚かせた時に使う音ではないのですか?」
「合ってるけど、合ってるから腹立つんだよ」
リオンは真剣な顔でテレビを見る。
「この番組は、相手の心理的隙を突く訓練映像ですか?」
「違う。たぶん違う」
「ですが、罠にかかった者の反応を観察しています」
「分析するな」
ハレは靴を脱ぎながら、ようやく部屋の違和感に気づいた。
テレビ。
いや、テレビが大きくなっている。
「……待て。俺のテレビ、こんなデカかったか?」
窓には、見覚えのない厚手のカーテンが掛かっていた。
遮光性も遮音性も高そうな、明らかに良いやつ。
床には、見慣れない一人掛けのソファーが三つ置かれている。
ひとつにサラ。
ひとつにリオン。
そして、残りひとつは明らかにハレ用だった。
さらに、テーブルも変わっていた。
普段使っていた小さなテーブルではない。
一見コンパクトなのに、左右を広げれば三人でも使えそうな、やたら機能的な折りたたみ式のテーブル。
テーブルの上には、湯呑みが二つ。
どこから出したのか分からない茶菓子まで並んでいる。
ハレは数秒、部屋を見回した。
「……なんということでしょう」
サラが首を傾げる。
「どうしました?」
「劇的にビフォーアフターしてんだよ、俺の部屋が」
リオンは真面目に室内を確認する。
「防衛上の改善も見られます」
「暮らしの改善より先に防衛を見るな」
ハレは深く息を吐いた。
そして、サラを見る。
「こっちでは魔法使うなって言っただろ!」
サラは落ち着いて答えた。
「使っていません」
「じゃあなんで俺の部屋にいる!?」
「地球側の協力者に開けていただきました」
ハレは止まった。
「……地球側の何?」
サラは少しだけ首を傾げる。
「協力者です」
「いや、そこを普通に言うな」
ハレは頭を抱えた。
「俺の家、異世界の待合室じゃねぇんだよ」
ハレはさらに顔をしかめる。
「そもそも、どうやってここまで来たんだよ」
サラは少しだけ首を傾げた。
「神社から、まっすぐ来ました」
「神社から、まっすぐ……?」
ハレの動きが止まった。
神社からこのアパートまでは、一本道ではない。
住宅街を抜け、細い道を曲がり、似たような建物の間を進む必要がある。
初めて来た人間が、何の迷いもなく来られる場所ではない。
しかも、鍵はすでに開いていた。
そして、前にサラがこの部屋へ来た時。
妙におとなしくしていた時間があった。
ハレはゆっくりサラを見る。
「……はっはーん」
サラの肩が、ほんの少しだけ跳ねた。
「サラ。この前来た時、何かしたな?」
「な、何のことでしょうか」
「今、めちゃくちゃ動揺したよな」
「していません」
「目が泳いでる」
「泳いでいません」
「神社からまっすぐ来られるわけないだろ。初見で」
サラはしばらく黙った。
テレビから、また効果音が鳴った。
『テッテレー!』
サラは小さく息を吐いた。
「……バレましたか」
「そこでバレましたか、じゃねぇよ」
サラが小さく言った。
「テッテレー」
「反省の音みたいに使うな」
ハレはその場にしゃがみ込んだ。
金曜。
定時で帰れた。
奇跡だと思った。
だが、家に帰ったら王女がいた。
しかも、部屋はプチリフォームされていた。
「……俺の週末、もう終わったかもしれん」




