表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/34

帰宅しても休まらない①

月曜日は、来た。

来てしまった。

スマホのアラームが鳴った瞬間、ハレは見慣れた白い天井を見上げた。

八畳の部屋。

小さなテーブル。

本棚。

筋トレ道具。

キッチン。

テレビ。

そして昨日、異世界の王女と近衛兵が座っていた場所。

「……夢じゃないんだよな」


ハレは布団に顔を埋めた。

近所の神社には星門がある。

異世界には王国がある。

王女がいる。

火球を撃ってくる男もいる。

そして自分は今日、会社に行かなければならない。

「順番おかしいだろ……」

異世界で王宮の食糧庫を吹き飛ばした翌日。

普通に出勤。

人間社会、なかなか強い。


ハレは重い身体を起こし、スマホの画面を見る。

月曜日。

その三文字だけで、精神に少しダメージが入った。

昨日のサラの声が頭に残っている。

『明日、無理をしすぎないでください』

「無理しないで済む会社ならな……」

ハレはため息をつき、出勤の準備を始めた。


そして、その週は見事だった。

月曜。

「残業ー!」

火曜。

「残業ー!」

水曜。

「ちょっとだけ残業ー!」

木曜。

「今日中に頼むー!」

ハレは毎日、定時付近で部長の甲高い声に捕まった。


火球は避けられた。

飛んでくる方向も見えたし、伏せれば何とかなった。

だが、部長の「残業ー!」は違う。

避けたつもりでも、気づいた時にはもう食らっている。

精神に直撃する。

「……キールより厄介かもしれん」

木曜の夜、帰宅したハレはそう呟き、風呂にも入らず床に沈みかけた。


そして金曜日。

ハレは昼休みの机に突っ伏していた。

「……早く帰りたい」

心の底からの願いだった。

明日は土曜日。

キャンプ道具の手入れをするつもりだった。

バーナーの確認。

クッカーの洗浄。

ロープの点検。

熊よけスプレーの補充。

できれば、行きつけのアウトドアショップにも寄りたい。


普通なら、少し楽しみな金曜日のはずだった。

だが、ハレの会社には部長がいる。

定時付近になると、どこからともなく現れる。

そして、あの声で叫ぶ。

「残業ー!」

想像だけで、ハレは少し顔をしかめた。

その時だった。

「風間さん」


横から声がした。

ハレは顔を上げる。

そこに立っていたのは、見慣れない女性だった。

黒に近いショートヘア。

地味なスーツ。

薄い印象の顔立ち。

派手さはない。

だが、目だけは妙に冷静だった。

「あ、今日からこちらに配属になりました」

女性は軽く頭を下げた。


「八田美香です。よろしくお願いします」

「風間です。よろしく」

ハレも軽く頭を下げた。

八田美香。

どこかで聞いたような、聞いていないような名前だった。

八田はハレの机の上に置かれた書類を一瞬見て、それから淡々と聞いた。

「こちらの部署は、残業が多いんですか?」

「まあ……多いな」


「申請は事前ですか?」

「え?」

「残業申請です。勤怠システム上、事前申請が必要な形式に見えましたが」

ハレは少し固まった。

新人の第一声としては、かなり変わっている。

「いや、実際は部長がその場で言ってくること多いけど」

「なるほど」

八田は小さく頷いた。

「運用が規定とずれていますね」


「……新人でそこ見る?」

「確認は大事なので」

八田は淡々と言った。

その横顔に、妙な違和感があった。

緊張していない。

初日の新人なら、もう少し周囲を気にしそうなものだ。

だが八田は、会社の空気を読むというより、会社の構造そのものを見ているようだった。


そして定時前。

空気が変わった。

ハレはそれを感じ取った。

山で鳥のざわめきに気づいた時と、少し似ていた。

来る。

部長が来る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ