異世界より怖い月曜日⑤
次に足裏が感じたのは、冷たい石畳だった。
ハレは目を開ける。
苔のついた石灯籠。
古い鳥居。
大きな御神木。
社殿の裏手にある、人の少ない小さな祠。
空は、すでに少し暗くなり始めていた。
遠くで車の音が聞こえる。
街灯がひとつ、またひとつと灯り始めている。
王国の朝と、地球の時間は同じではないらしい。
「……ほんとに帰ってきた」
ハレは小さく呟いた。
ここは、家の近所にある古い神社だった。
田舎から大学進学でこの町へ出てきて以来、何度か訪れた場所。
初詣。
夏祭り。
近所を散歩して、なんとなく立ち寄った日。
地元の山とは違う。
けれど、この町で暮らすようになってから、少しずつ馴染んできた場所だった。
そんな神社の奥に、異世界へ繋がる星門が眠っていた。
「マジかよ……」
サラは周囲を見回している。
「ここが、ハレの世界……」
リオンは鳥居を見上げ、真剣な顔で言った。
「ここが、先ほど話していた神社ですね」
「そう」
ハレは頷く。
リオンは周囲を見回しながら、さらに真面目な顔で言った。
「構造的には、防衛にも使えそうですね」
「使うな」
ハレは即座に言った。
「とりあえず、ここから俺の家まで歩く。二人とも静かにしてろよ」
「はい」
「承知しました」
返事だけは良い。
神社を出るまでの間、サラは何度も周囲を見た。
石段。
電柱。
走り抜ける車のライト。
自動販売機の白い明かり。
すべてが珍しいらしい。
リオンはリオンで、すれ違う人を見るたびに姿勢を正していた。
「そんなに警戒すんな」
「未知の世界です」
「まあ、そりゃそうだけど」
「向こうの白い箱は何ですか」
サラが指差す。
自動販売機だった。
「飲み物売ってる機械」
「無人で、ですか?」
「そう」
サラが目を丸くする。
「盗まれないのですか?」
「たまにはあるかもな」
リオンが険しい顔になる。
「では、やはり治安に不安が」
「自販機を守ろうとするな」
途中、ハレはコンビニに寄った。
サラは明るい店内と、棚一面に並ぶ飲み物や菓子に目を丸くした。
リオンは低く呟いた。
「補給拠点としては、非常に優秀ですね」
「だから軍事目線で見るな」
コンビニを出たあと、三人はハレのアパートへ向かった。
二階建ての小綺麗な賃貸アパート。
外壁は明るい色で、共用廊下もきちんと掃除されている。
派手さはないが、一人暮らしには十分な場所だった。
リオンが建物を見上げる。
「これは集合型の砦ですか?」
「賃貸アパートだよ」
「防御力は低そうです」
「住んでる人間の前で言うな」
ハレは階段を上がり、自分の部屋の前で鍵を取り出した。
「じゃあ、ここで解散な」
サラが首を傾げる。
「解散?」
「俺は家に入る。二人は星門に戻る」
サラは当然のように言った。
「安全確認がまだです」
「いらない」
「ですが、昨日のこともあります」
「分かるけど、ここ俺んちだから」
「だからこそ、確認が必要です」
「王女様が男の一人暮らしの部屋に入るのはどうなんだよ」
サラは一瞬だけ黙った。
そして、ぷくっと頬を膨らませた。
ハレは固まる。
「……何その顔」
「別に」
「いや、めちゃくちゃ不機嫌じゃん」
「不機嫌ではありません」
「その顔で?」
サラは視線を逸らした。
「……入れてくれるまで帰りません」
「子どもか」
ハレは頭を抱えた。
夜の共用廊下に、異世界の王女と、剣を隠し持った近衛兵。
冷静に考えなくても目立つ。
しかも、隣の部屋のドアがいつ開くかも分からない。
下の駐輪場には、住人らしき自転車も何台か停まっている。
この時間なら、仕事帰りの住人が戻ってくる可能性もある。
ここで揉め続ける方が、よほどまずかった。
リオンは真顔で言う。
「必要であれば、周辺警戒に移ります」
「やめろ。完全に通報案件だ」
ハレは深く息を吐いた。
「……分かった。入れ」
サラの表情が少しだけ明るくなる。
「よろしいのですか?」
「周りの目があるからだよ。勝ったと思うな」
「勝ってはいません」
「その顔は勝ってる顔なんだよ」
ハレは鍵を開けながら言った。
「ただし、条件がある」
サラとリオンが同時にこちらを見る。
「勝手に魔法を使わない」
「はい」
「変な物に触らない」
「はい」
「リオンは剣を出さない」
「必要がなければ」
「必要があっても出すな」
「……承知しました」
「あと、窓から外見て騒がない。家電を敵だと思わない。冷蔵庫を魔法箱扱いしない」
サラが小さく首を傾げる。
「冷蔵庫?」
「もう嫌な予感しかしない」
ハレは玄関を開けた。
「狭いけど入って」




