異世界より怖い月曜日④
その後、ハレは部屋へ戻り、荷物をまとめた。
リュックに道具を入れ直す。
スリングショット。
ロープ。
残り少ない熊よけスプレー。
布。
小物類。
「……まさか異世界で会社の心配することになるとはな」
ハレはリュックの口を閉め、肩に掛けた。
そして、星門の間へ向かった。
王宮内の廊下は、昨日よりも落ち着いている。
だが、壁の一部にはまだ焦げ跡が残っていた。
兵士たちの表情にも、戦闘の疲労が見える。
ハレはリュックの肩紐を直しながら歩く。
「……戻ったらまず家だな。風呂入って、スマホ充電して、明日の準備して……」
そこまで言って、深いため息をついた。
「異世界で火球避けた翌日に出勤って、労基的にどうなんだよ」
少し間を置いて、さらに顔をしかめる。
「しかも月曜か……」
脳裏に、甲高い声がよみがえる。
『残業ー!』
「……やっぱ、敵は地球にもいるな」
そんなことを考えながら星門の間に入った。
そして、足が止まる。
「……おい」
そこには、サラがいた。
旅装に着替え、精錬聖石のペンダントを胸元に下げている。
その隣にはリオン。
こちらも外套を羽織り、なぜか妙に姿勢がいい。
完全に出発準備済みだった。
ハレはゆっくり二人を見る。
「いや、なんでいるの」
サラは涼しい顔で言った。
「星門を起動するためです」
「起動するだけだよな?」
「地球側で安全確認をしてから戻ります」
「それ、着いてくるって意味だよな?」
サラは少しだけ目を逸らす。
「安全確認です」
「言い方変えただけじゃん」
リオンが一歩前に出る。
「サラ王女の護衛として同行します」
ハレはリオンの腰元を見る。
「……お前、剣は?」
リオンは一瞬だけ黙った。
「持っていません」
「本当か?」
「見える場所には」
「おい」
ハレは目を細める。
「どこに隠した」
リオンは外套の内側に手を添える。
「護衛上の機密です」
「持ってるじゃねぇか」
サラが小さく咳払いした。
「目立たないようにはしています」
「そういう問題じゃないんだよな」
ハレは頭を抱えた。
「現代日本に、王女と剣を隠し持った近衛兵を連れて帰るのか……」
サラは静かに言った。
「父上には許可を得ています」
ハレは顔を上げた。
「そこは根回し済みなのかよ」
「はい。短時間の同行。必要であれば一泊まで、という条件つきですが」
「一泊まで許可されてんのかよ。完全に外堀埋められてるじゃねぇか」
少しの沈黙。
ハレは深く息を吐いた。
「分かった。もういい。来るなら来い」
サラの表情が少しだけ明るくなる。
「はい」
「ただし、俺からも条件がある」
ハレは指を立てた。
「まず、勝手に魔法を使わない」
「はい」
「リオンは剣を絶対に出さない」
リオンは真面目に頷く。
「必要がなければ」
「必要があっても俺に聞け」
「……承知しました」
「あと、地球では俺の指示に従う。特にコンビニ、駅、警察、会社。この辺では絶対に余計なことするな」
サラが首を傾げる。
「コンビニとは?」
リオンも続く。
「駅とは軍事施設ですか?」
ハレは天井を仰いだ。
「もう不安しかない」
サラは少しだけ笑った。
「ですが、ハレの世界を知る良い機会です」
「観光気分で来るなよ。俺は明日仕事なんだよ」
リオンが真剣な顔で言う。
「その“部長”という魔物への対策も必要ですね」
「やめろ。絶対に部長の前で剣に手をかけるな。というか、そもそも魔物じゃねぇよ」
「しかし、精神に攻撃を与える存在なのでしょう?」
「否定しづらい言い方すんな」
サラがとうとう小さく笑った。
ハレはため息をつきながら、星門の中央へ立つ。
「……帰るだけのはずだったんだけどな」
サラが精錬聖石のペンダントに触れる。
足元の紋様が淡く光り始めた。
星門が起動する。
ハレはサラとリオンを見た。
「いいか。地球では目立つなよ」
リオンは背筋を伸ばして答える。
「心得ました」
ハレはその真面目すぎる顔を見て、もう一度ため息をついた。
「絶対分かってねぇな」
光が強くなる。
視界が白に染まる。
ハレは最後にぼそっと呟いた。
「……異世界より怖い月曜日、始まる前から面倒すぎるだろ」
光が消えた。




