異世界より怖い月曜日③
サラとリオンが同時にハレを見る。
「月曜……」
リオンが低く呟く。
「その部長が現れる日か」
「そういうことじゃないけど、だいたいそう」
ハレは額に手を当てた。
「やばい。明日仕事だ」
サラが真剣な顔になる。
「戻らなければならないのですね」
「そりゃ戻るだろ。無断欠勤は普通にまずい」
「無断……?」
「連絡なしで仕事休むこと」
リオンの表情が引き締まる。
「脱走のようなものか」
「急に重いな。でもまあ、職場から見たら近いのかもな」
ハレはため息をついた。
「異世界で火球避けた翌日に出勤って、労基的にどうなんだよ」
サラは少し考え込む。
そして、静かに言った。
「でしたら、星門を使いましょう」
「あれか? 昨日通ったやつ?」
「はい。王国と地球を繋ぐ門です」
「それで帰れるのか?」
「帰れます」
「お、おう。即答だな」
サラが精錬聖石のペンダントに魔力を込める。
淡い光が空中へ広がった。
その光が線を描き、やがて大きな地図の形になる。
海。
大陸。
島々。
そして、日本列島。
「……おい」
ハレは思わず立ち上がった。
「これ、地球の地図じゃん」
「はい」
地図の上に、いくつか小さな光点が浮かび上がる。
「この光点が、地球側に残された星門の位置です」
「そんなのあるのかよ……」
「はい。ただ、地球側の星門は普段はほとんど使われていません」
サラは地図を見つめながら言った。
「古くから見守っている協力者たちが、十数年に一度、状態を確認していると聞いています」
ハレは眉を寄せた。
「聞いてる?」
「はい。私自身は詳しく知りません。直接会ったこともありません」
「それ大丈夫なのか?」
サラは少し考えてから頷いた。
「王や王妃、国の高位者たちが連絡を取っている相手です。ですから、それは大丈夫だと思います」
「なるほどな。俺よりは信用できそうだ」
「そこは否定しません」
「否定してくれよ」
サラは少しだけ笑った。
「ただ、大きな表立った交流はありません。技術協力もありません。あくまで、古くから続く最低限の連絡と、星門の見守り程度だと聞いています」
「ふーん」
ハレはスマホの地図アプリを開いた。
電波はないが、事前に読み込まれた地図は使える。
空中の魔法地図と、スマホの地図を見比べる。
日本列島の位置。
地域。
町。
道路。
そして、一つの光点。
ハレの手が止まった。
「……これ」
サラが見る。
「どうしました?」
ハレは空中の地図を指差した。
「拡大できるか?」
「はい」
サラが指先を動かすと、空中の地図が滑るように広がった。
日本列島が大きくなり、地域が絞られ、町の輪郭が浮かび上がる。
ハレはスマホの地図と見比べた。
道路の形。
川の位置。
駅。
神社の印。
「あー……やっぱり俺んちの近所だぞ」
「近所?」
「歩いて行ける距離にある神社」
ハレは画面をさらに拡大する。
「古くからある、でかい神社だ」
そして、ふと思い出したように続けた。
「あー、神社ってのは、こっちで神様を祀る場所な。大学でこの町に出てきてから、初詣とか祭りで何度か行ったことある」
サラは静かに頷いた。
「古くからある聖域なら、星門が残っていても不思議ではありません」
ハレは空中の地図を見上げた。
「マジかよ。あそこに異世界の出入口あったのか」
「これは休眠状態ですけどね」
「使えるんだよな?」
「私たちは使えます」
「俺は?」
サラは少し申し訳なさそうに首を振った。
「ハレは起動できません」
「場所知ってても?」
「はい」
「聖石とか、精錬聖石とか持ってても?」
「地球人では、普通の聖石や精錬聖石を持っていても起動はできません」
「なんで?」
「聖石の出力だけではなく、魔力を扱う力と、星門を制御する技術が必要です」
「つまり、俺が持ってても宝の持ち腐れか」
「そうなります」
サラは少しだけ申し訳なさそうに続けた。
「ただし、私たちのように星門を扱える者でも、地球側から開く場合は条件が厳しくなります」
「というと?」
サラは少しだけ考え、言葉を選んだ。
「星門の起動には、一定以上の魔力と、聖石の出力が必要です」
「聖石の出力?」
「はい。ただし、場所によって条件は変わります」
サラは空中の地図を見つめながら続けた。
「王国側の星門は、周囲に魔力が満ちています。星門そのものにも補助機構があります」
サラは一度、言葉を切る。
「なので、品質さえ間違えなければ、聖石でも起動できます」
「なんで地球側だと、それじゃ駄目なんだ?」
「普通の聖石は、品質が良くても大量の魔力を蓄えることはできません。あくまで魔力を通し、安定させるためのものです」
サラの表情が、少しだけ引き締まった。
「そして地球は、大気中の魔力が薄い。星門を起動するだけの力を、周囲から集められないのです」
サラは胸元のペンダントに触れた。
「そのため、地球側から星門を開くには、外部から大きな魔力を補う必要があります。精錬聖石級の容量と出力が必要になるのです」
「精錬聖石級?」
「精錬聖石、もしくはそれと同等以上の魔力媒体という意味です。必ずしも、精錬聖石そのものに限るわけではありません」
「なるほど、グレードがあるんだな」
「はい」
サラは続ける。
「それに加えて、座標を読む知識と、星門を扱う技術も必要になります」
「条件多いな」
「それだけ危険な門、ということです」
ハレは頭をかいた。
「場所だけ分かってても意味ないわけだ」
「はい」
「不便だな」
「安全のためです」
「便利と安全って、だいたい仲悪いよな」
サラは少しだけ笑った。
そして続ける。
「ただし、地球人でも例外があります」
「例外?」
「三種の神器です」
ハレは動きを止めた。
「草薙剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉……ってやつか?」
「はい」
サラは頷く。
「ですが、一つだけでは意味がありません。三つすべてが揃って初めて、地球人でも特定の星門を起動できる可能性があります」
リオンが補足するように言った。
「草薙剣が鍵となり、星門に突き刺すことで封印を開く。八尺瓊勾玉が魔力を供給し、八咫鏡が星門の位置を示す」
ハレは眉を寄せた。
「完全にシステムじゃん」
「はい」
サラは静かに言う。
「三種の神器は、単なる武具ではありません。星門を起動するための役割を持っています」
「でも、それでどこでも開けるわけじゃないんだろ」
サラは少し驚いたようにハレを見た。
「……はい。その通りです」
「さすがに便利すぎると思った」
「三種の神器で起動できる星門は、地球上でも限られています。現時点で確認されているのは、一箇所のみです」
「一箇所だけ?」
「はい。ただし、それも正確な位置までは分かっていません」
「普通の星門とは別なのか?」
「はい。三種の神器で起動できる星門は、通常の地図には表示されません。古い記録にだけ残っている、特別な星門です」
「分かってないのかよ」
「古い記録では存在が示されています。ですが、場所までは曖昧です」
「完全に宝探しじゃん」
「否定はできません」
ハレは椅子に座り直した。
情報量が多すぎる。
王宮の質素な朝食から、いきなり三種の神器と星門の話だ。
普通の日曜の朝ではない。
「まあ、とりあえず場所は分かった。じゃあ俺、いったん帰るわ」




