王女と異邦人⑥
キールの視線がそれを追う。
「次は何です」
「さーなんだろうな!」
ハレは泥団子をスリングショットに挟む。
引く。
放つ。
キールは避けなかった。
手をかざし、魔法障壁で受ける。
「同じ手は——」
泥団子が障壁に触れた瞬間、砕けた。
パァンッ!!
乾いた粉が、キールの顔の前で弾ける。
「っ……!」
視界が白く濁る。
鼻と喉に、焼けるような刺激が走る。
その瞬間、ハレはもう走っていた。
「熊よけスプレーのお味はどうだ?」
床を蹴る。
一気に距離を詰める。
キールは後退しようとした。
だが、遅い。
「山男、なめんなよ」
ハレの拳が、キールの腹に入った。
ドンッ。
鈍い音。
キールの身体がくの字に折れ、数歩下がる。
だが、倒れない。
「……硬ぇな」
ハレはすぐに判断した。
倒すのは無理。
今は、崩せればいい。
「サラ!!」
「はい!!」
ハレはサラの手を取る。
「使える場所は!?」
「使える場所……?」
「粉とか、布とか、木箱とか、燃えやすいものがある場所!」
サラは一瞬考え、顔を上げる。
「一階に食料倉庫があります! 下に穴蔵も!」
「そこだ!!」
背後で魔力が膨らむ。
「逃がしません」
再び火球。
ハレはサラを引き、階段を駆け下りる。
炎が背後の壁を抉る。
一階へ。
大きな扉が見えた。
「こっちです!」
サラが叫ぶ。
ハレは体当たり気味に扉を開け、中へ飛び込んだ。
中は食料倉庫だった。
棚には袋が積まれ、木箱が並び、乾いた粉の匂いがする。
床には細かな粉が薄く積もっていた。
ハレの目が一瞬で動く。
袋。
床の粉。
換気の悪さ。
入口の位置。
逃げ道。
そして、床下へ続く穴蔵。
(……使える)
「サラ、穴蔵に入れ!!」
「ハレは!?」
「すぐ行く!!」
ハレはサラを押し込むように穴蔵へ向かわせた。
「絶対に顔を出すなよ!」
そう言いながら、ハレはリュックを下ろした。
布を取り出し、口元に巻く。
それから、食料倉庫の扉へ走る。
完全には閉めない。
わずかに隙間を残したまま、近くの木箱と袋に細い紐を引っかける。
扉を乱暴に開ければ、棚の上に置かれていた袋と木箱が、入口側へ落ちるように。
雑だ。
時間もない。
だが、反射させるだけなら、それでいい。
ハレは足元の袋を蹴った。
乾いた粉が舞う。
さらにもう一つ。
袋の口を裂き、白い粉を倉庫内に広げる。
床。
棚。
入口付近。
空気の中。
細かな粉が、薄い霧のように漂い始めた。
背後で、魔力が膨らむ気配がした。
「逃がしません」
キールの声。
ハレはすぐに穴蔵へ飛び込んだ。
下には、すでにサラがいる。
暗い穴蔵の中で、サラの声が震えた。
「ハレ……!」
ハレは上を見上げる。
「静かに」
次の瞬間。
食料倉庫の扉が、外側から乱暴に開け放たれた。
ガンッ!!
仕掛けていた紐が引かれる。
棚の上から、袋と木箱が入口へ向かって落ちた。
キールの目が動く。
飛来する影。
崩れる袋。
舞う粉。
その一瞬、キールの手が反射的に動いた。
火の魔力が集まる。
そして、放たれる。
「——しまっ」
キールの声が、途中で途切れた。
ハレは穴蔵の中で、歯を食いしばる。
「火ぃ使う場所くらい選べよ」
次の瞬間。
ドンッッッ!!!
倉庫内の粉が、一気に爆ぜた。
光と熱と衝撃が、狭い空間を叩きつける。
棚が倒れる。
袋が破裂する。
木箱が弾け飛ぶ。
衝撃は上方向へ抜け、倉庫全体を吹き荒らす。
床下の穴蔵までは、直撃しない。
それでも、空気が震えた。
サラが息を呑む。
ハレは片腕で身体を支えながら、歯を食いしばる。
やがて、爆発の余韻がゆっくりと消えていく。
上から細かな粉がぱらぱらと落ちてきた。
焦げた匂いが、鼻をつく。
「……生きてるか」
ハレが息を整えながら聞く。
サラが小さく答えた。
「……はい」
しばらくして、ハレは穴蔵の縁に手をかけた。
「先、出るぞ」
よじ登る。
煙はまだ残っていたが、爆炎は収まっている。
続いて、サラも上がってくる。
倉庫は半壊していた。
棚は倒れ、袋は破れ、粉が床に積もっている。
「……思ったよりいったな」
ハレは軽く咳き込みながら呟いた。
そして視線を向ける。
キール。
壁際に倒れている。
動かない。
だが——
ハレの目が細くなる。
「……いや」
キールの指が、わずかに動いた。
サラが一歩下がる。
「……っ」
ハレは短く言う。
「倒しきれてねぇな」
一拍。
「でも、今はそれでいい」
サラを見る。
「行くぞ」
サラは一瞬だけ迷い、すぐに頷いた。
「……はい」
二人は倉庫を後にする。
背後。
煙の中で、キールの唇がわずかに動いた。
「……次は、通じない」




