第91食 グランピング四日目! 絆深まる男子女子!
宿泊四日目にして、いよいよ本日はバーベキューが開催されることになった。
真昼のプールがギラリと反射する中、本格的な器具を使っての低温調理がなされている。
タープを張ったテーブル席につき、出来上がりを待つだけ。
漂ってくるのは、グリルの中でこんがりと焼けているであろう肉の匂いと、スパイスやハーブたちのハーモニー。
チキンが焼けるまで、あと2時間。
スペアリブが焼けるまでは、6時間。
巨大なブリスケットに至っては、焼き上がりまで12時間もかかる。
この由緒正しきアメリカンなスタイルに、ミツルたちはもう限界。
平たく言えば、待っちゃいられない。
そんな腹ペコな彼らを救ったのが、焼きタラバガニであった。
「うますぎる……」
昼からタラバの昼タラバ。
そしたらば、ミツルの横から大皿がスッと伸びてくる。
「えぇ!? こんなのも、あったんですか!?」
皿に盛られていたのは、特大ボタンエビの山。
しかも、お刺身。
痛風の世界へようこそ。
大皿を差し出してきたコゴロー先輩は、そんな笑顔を向けていたとか、いなかったとか。
朝から焼き手も務めている彼は、アウトドア調理において、ノイチの料理技術に並ぶほどの腕前があった。
「先輩も座って、食べてくださいよ」
ずっとコンロに立ちっぱなしのコゴロー先輩に気が引けるわ、本当に一緒に食べてほしいわ。
気持ちがてんやわんやしていたミツルは、その思いの中から一番綺麗な上澄みの部分だけを口にした。
「……遠慮しておこう。これから、マシュマロを焼かなくてはならないからな」
高身長のイケメンに優しい眼差しで見下ろされる、やせっぽちの芋男子。
そんな二人を見て、ドキドキと胸を焦がしていたのは、後輩女子のえりりんであった。
「真菜先輩も、一緒に焼いてきたらどうっスか?」
濃厚で純粋な男たちの絡みを、遠くから眺めていたい。
目をキラキラと輝かせた彼女は、心の底に溜まっている一番汚い沈殿物を吐き出した。
「いいね、それ。いいですか、お邪魔して?」
初日にも焼いてくれた、あの絶品のマシュマロをおうちでも再現してみたい。
そんなことを考えていたミツルにとって、彼女の提案はやぶさかではなかった。
ミツルに問われたコゴロー先輩は、くるりと向けた背中で語る。
「……構わん」
――カシャシャシャシャ。
ロマンチックバースト発動。
男たちによる絵になる風景を、えりりんは素早くスマホのカメラに収める。
「チェックさせて。今、私、口開けてたから」
ミツルの隣に座っていたノイチの厳しい検閲によって、残念ながら、その写真が世に出ることはなかった。
「ついでに何か、ほしいものとかあれば」
立ち上がったミツルは、キョロキョロとテーブルにいる女子三人を見回す。
「私はラムネが飲みたいわ」
空腹と暑さで眠くなってしまったのだろうか。
いつもより目を薄くさせたウカウカ先輩が、支離滅裂な要望を出してくる。
ミツルは即座にテーブルの下にあるクーラーボックスを開いて、その中からしずくが滴る涼やかな色合いをした瓶を取り出した。
「ありがと」
冷えたラムネを受け取ったウカウカ先輩は、妖艶な微笑みを見せる。
ミツルは照れたように笑い返して、コゴロー先輩の背中を追いかけていった。
夏の日差しを浴びながら、男たちは楽しそうにコンロで調理を始める。
ちょっとお待ちを!
一方で、限界灼熱束縛系ギャル・秋風ノイチの心は激しく揺れていた。
「……おいしいですかぁ?」
私の『みちゅ』に取ってもらったラムネは。
そう続けたい気持ちを堪え、ダークな炎を心に宿した彼女は、喉を鳴らしてラムネを楽しむウカウカ先輩に問いかけた。
音を立てることなく卓上に瓶を置いた彼女は、余裕にも見える笑みを返す。
ノマカプ厨であるウカウカ先輩は、嫉妬に狂うノイチですら、可愛くってしょうがなかった。
「言い方が怖いって、ノンノン。さっきのは、そんなんじゃなかったでしょ」
中学、高校と六年間、ノイチと同じクラスだったえりりんが、険悪になりかけた空気を和らげようと、割って入る。
「でも、先輩も先輩っスよ。もっと自分が美人であることを自覚した方がいいっス。絶対、勘違いする男が出てきますって。今までそういうの、なかったんスか?」
「え?」
そんな話を振られても、グロい思い出しかないから語れない。
ウカウカ先輩は黙って、飲みかけの瓶の中でシュワシュワと踊る液体を見つめた。
「『え?』じゃなくて……先輩には無いんスか? そういう、浮いた話とか」
あぁ、やだやだやだ!
ペニスは嫌いじゃないけど、イキったペニスが好きじゃない。
ただ、成功するために、後者に跨る多くの女たちは見てきた。
そういう成り上がり方をした女たちは、例外なく破滅していることも、よく知っている。
他人に依存した力は長続きしない。
この世は利権と呪いに溢れている。
愛なんていうのは、脆く儚く、幻想のようなもの。
だからこそ、自分は純粋な愛という夢を見せてくれるカップルに熱中できる。
あっちでマシュマロを焼いている二人の男は、そういった嫌なことを考えずに付き合える、珍しい存在といえる。
引いてはオスとメス、先輩と後輩の間柄を超えた、強い何かを感じてはいる。
この思いを、目の前にいる可愛い可愛い世間知らずの後輩たちに、どう伝えればいいのだろうか。
「まぁ、私には無縁のことだから……」
今日も、誤魔化すようにため息をつくしかなかった。
「……もし、相談事とかあるんだったら、いつでも聞きますから」
さきほどまでの嫉妬の炎はどこへやら。
ノイチの目には、ウカウカ先輩の顔が、どこか救いを求めているように映っていた。
うっひょぉぉ!! 膨らむぜぇ!!
少し離れて、こちらは肉を調理中のグリルを両脇に構えたバーベキューコンロ。
「先輩、『エンゼルパイ』って、知ってますか?」
空っぽの皿を両手に、マシュマロの焼き上がりを待つミツルが何気なく話を切り出す。
コゴロー先輩は、車の運転をしているときくらい真剣な面持ちで、串の先の巨大マシュマロを見つめていた。
「……もちろんだ。森永製菓のだろう?」
「メーカーまでは、ちょっとわかんないですけど。それで、あれのせいで俺は、ずっとマシュマロに苦手意識を持ってたんですよ。おっと」
コゴロー先輩が焼き上げたマシュマロを、手際よく皿に乗せる。
「あっちぃ!?」
皿の底を貫通してくるほどの高温で、やけどしそうになったミツルは、大急ぎで近くのテーブルに皿を置いた。
振り返ると、先輩はじっとこちらを見つめていた。
なんとも静かで不思議な魅力を放つ男の隣に舞い戻り、ミツルは揚々と思い出話を再開させる。
「で、俺、小さい頃、チョコパイが好きだったんです」
「……ロッテのチョコパイか」
「たぶん、そうです。で、おばあちゃんの家に遊びに行くと、お菓子がもらえるじゃないですか。そのときに『大好きなチョコパイがある!!』って、パッケージ開けて、勢いよく口に入れたんです」
「……それが『エンゼルパイ』だったのか」
「そう! まさにその通り! 子供のときだったから、口の中の触感? というか、異物感がヤバくて。それ以来、マシュマロが苦手になっちゃったんです」
「……それはもったいないな」
「そうなんですよね。焼いたマシュマロがこんなにうまいって、先輩に教えられるまで知らなくて。で、これって、家でも再現できたりするんですか?」
「……もちろんだ」
「マジ!? やった! ぜひ、やり方を教えてください!」
「……ちなみに『エンゼルパイ』も、レンジで温めるだけで、もっとうまくなるぞ?」
「うぇ!? それも教えてくださぁい!」
大の男が集まっても、話の中身はしょせんこんなもん。
しかし、その『こんなもん』が心地よければ、そこにはもう強い絆が生まれている。
しっとりシュワシュワ、こんがりアツアツ。
描かれる青春模様は男女それぞれ。
サークル合宿、最後の一泊は、ゆっくりとしたバーベキュータイムでフィニッシュとなった。




