第9食 恐怖!! 悪魔女王バイオレットサタン!!
今日は、こどもの日。
こどもの日と言えば、ヒーローショー。
ヒーローショーと言えば、司会のお姉さんである。
「良い子のみんな―!? 今日は『ダークブレイカーアスカ』の活躍を見に来てくれて、ありがとー!!」
デパートの屋上に特設されたステージでは、お姉さんによる前説が行われている。
そんな華やかな舞台の、すぐ裏にある仮設テントの中では――。
クモ男、ハエ男、カメムシ男。
錚々たる怪人どもが、ひしめき合っていた。
「頑張ってね」
ピンク髪のギャルに励まされる、所持金二円の怪人、ミツル。
年季が入った怪人たちのギラついた視線が、二人に刺さる。
「頑張る……というか、まあ、ケガしないように、祈ってて……ください」
近頃はバイト先にまで付いてくるようになったノイチに、ミツルは歯切れ悪く返事をした。
「そろそろ前説、終わりまーす! 怪人の皆さんは準備の方、よろしくお願いしまーす!」
ADの声が響き渡ると、ピリついたテント内の空気が、さらに引き締まった。
「じゃあ、私は客席で観てるから。終わったら、いろいろ買って帰ろうね?」
「……そう、だね」
フローラルなボディミストの香りを残して去るノイチ。
ホッと肩をなでおろすミツル。
が、どうにも落ち着かない、魅惑のボタニカルエッセンスの匂いが鼻を突いた。
振り向くとそこには、赤ぶち眼鏡をかけ、タイトなボンデージスーツを着こなす、一人の女性がミツルを見下ろしていた。
「あ、ど、どうも。今日は、よろしくお願いします……」
ミツルは慌てて椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。
「…………」
子供嫌いの怪人、バイオレットサタン。
本名、クリムゾン仲邑。
本職、S・Eマート常務兼コンサルディレクター。
三十六歳、未婚。
プライベートでもガチの子供嫌いである彼女は、日々のストレスを発散するため、大好きなパチスロの他に、見知らぬ子供たちを泣かせても罪に問われない、こういったショーに好んで参加している。
「あの……サタン様?」
ミツルは、腕を組んだまま動かない、バイオレットサタンの顔色をうかがった。
「…………」
――ギリギリ、ガキ判定。
未婚のバイオレットサタンにとって、さきほどミツルたちが繰り広げていた低俗な親密行動は、排除すべき雑音。
しかしここは、あくまで趣味の場。
「…………ふっ」
見下すような吐息をつき、バイオレットサタンは去っていった。
「……どうして?」
ミツルからすれば、何の謂れもない、無視であった。
いよいよショー本番。
ご時世もあり、満員とはいかないが、それでも客席は親子連れで程よく賑わっていた。
最前列中央の席には、ひときわ目立つピンクヘア。
ミツルに言われた通り、無事を祈り、いい女気分に浸ってみたノイチである。
そんな彼女であったが、今はもう、この後ミツルと何を食べに行こうかという考えに切り替わり、おばあちゃんに頼まれた柏餅を買い忘れてはいけないという考えに切り替わり、あ、そうだ、ミツルにS・Eマートのフィッシュバーガーだけはパッケージ詐欺じゃなくてちゃんと美味しいと教えてあげなきゃという考えに切り替わり、とにかくもう、ギャルの頭の中というのは常に走り続けていて、定まらない。
一方、ステージ裏では――。
「それ……使うんですか?」
ギュムギュムと、手の中で丸めた鞭を伸縮させるバイオレットサタンに声をかけたミツル。
「…………」
が、当然のように無視された。
「良い子のみんなー! ヒーローを呼ぶ準備はいいかなー!?」
スピーカーからは、司会のお姉さんの陽気な声が聞こえてくる。
「はーい!!」
スピーカーの大音量に負けじと、子供たちの元気な声援が空にかかった雲を吹き飛ばす。
青天の霹靂。
――ドォォォォォン!
轟音とともに、ステージから白煙が噴き出す。
「なんだー!? これは!? ああぁぁ!?」
司会のお姉さんが盛り上げる。
……前が見えない。
ミツルのそんな心のぼやきもどこ吹く風で、ステージを闊歩する悪魔女王バイオレットサタン。
「……げほっ、ごほっ」
ぶんぶんと、飛び回る虫を追い払うかのように、両腕を振りながらそれについてゆく、手下のミツル。
「おっとー!! バイオレットサタンが……なんだか、弱そうな子分を引き連れてきたぞー!?」
精いっぱいのフォローで、場を回すお姉さん。
「あはははは! よわそう!」
「ぼくでもやっつけられる!」
悪目立ちしてしまったミツルだったが、結果オーライ。
子供たちは喜びの声で怪人たちの登場を迎えた。
しかし、それを良しとしなかった女が一人。
「…………」
もちろん、バイオレットサタンである。
彼女はステージの中央に陣取ったまま、微動だにせず、その背中をミツルに向けていた。
「…………」
かっこいい。
ミツルからすれば、その背中は自分の失態を肩代わりしてくれている、頼れる上司。
「…………」
お尻も綺麗。
この時代に、これだけ際どい衣装を着こなす人が、どれだけいることか。
「…………」
美と恐怖は紙一重。
一言も発さず、会場の空気を支配するバイオレットサタン。
ミツルも、客席も、司会のお姉さんですら、固唾を飲んで彼女の最初の言葉を待った。
「……手下?」
バイオレットサタンの第一声は、ミツルへの呼びかけだった。
「はい」
できる部下のミツルは、すぐさま応答。
「あのピンク髪の女。まずは、アイツを殺してきなさい」
下されたのは、まさかの抹殺指令。
「えーっと、えーっとぉ……」
台本にないセリフに、司会のお姉さんは顔面蒼白。
「きゃー、たすけてー」
ノリノリノイチ。
「え? え? え? え?」
慌てふためくミツル。
――スパァァァァン!
バイオレットサタンの鞭が、床に叩きつけられた。
「さっさと、お殺りなさい? 殺らなければ、私があなたを殺すわ」
強い言葉の連発は、子供たちを恐怖に底に突き落とす。
「うあぁぁぁん!!」
泣き出す子供たち。
「おーっほっほっほっほ!! さぁ、惚れた女の首を、持ってきなさい!!」
子供たちが泣けば泣くほど、美しく、そして恐ろしくなるバイオレットサタン。
「えーっと……こういう時は……??」
困り果てたミツルの視線の先にいたのは、バイオレットサタン以上の上役、司会のお姉さん。
「み、みんなー! 気をつけてー! 悪の怪人が、やってくるよー!? ダークブレイカーアスカがやってくるまで、がんばって、耐えようねー!?」
なるほど。
続行のサインではあるが、ヒーローはすぐに来ない。
ならばいつものように、ノイチにダル絡みをしてもらって、自分は時間を稼ぐのみ。
「えぇ? もう、どうしよう……私、困っちゃう。ね、ミツル?」
ずかずかと、自慢のミュールサンダルでステージを踏みしめるノイチ。
「バ……そっちから来ちゃ、ダメなんだって!」
客席へ送り返そうと、ノイチの手を取りにゆくミツル。
「ど、どうしたの? ミツル?」
「どうしたの? じゃないんだよ。とりあえず戻ろう。それから、適当に絡んでくれ。できるだけ、濃厚に」
ボソボソと、ヤバい方の上司に聞こえないよう、ミツルはノイチに耳打ちをした。
「なにそれ!? 私がえっちみたいじゃん!! 恥ずかしいから、やめてよ!!」
「おっきい声出さない、おっきい声出さない、おっきい声出さない」
ミツルは、斜め上の方向に解釈したノイチに懇願するばかり。
――スパァァァァン!!
いちゃつき始めた二人の顔に、バイオレットサタンの鞭が容赦なく伸びた。
「!?」
一・五回転。
鞭の音が他の者たちの耳に届くより早く、『聞こえし者』のミツルは風の唸りを捉えていた。
「避けるなァ!!」
――スパァァァン!!
二・五回転。
――スパァァン!!
三・五回転。
鞭の速度が上がれば、ミツルの回転数も上がる。
「ミツル!?」
身を任せたまま、超人的なジャンプに付き合っていたノイチが悲痛な声を上げた。
「ハァ……ハァ……おっきい……声を……出すな、って」
ミツルの黒の全身タイツは破け、背中や腕からは血が滲んでいた。
火事場の馬鹿力もここまで。
会場は静まり返っていた。
突如として奇人変人ショーへと様相を変えた、デパートの屋上。
ミツルの人生最大のピンチが、またしても更新される。
果たして、この窮地を救ってくれるヒーローは現れるのだろうか。
【 ☆ 予告 ☆ 】
絶体絶命のピンチを迎えたミツル!
「……逃げろ」
「やだ!」
わがまま三昧のヒロイン、ノイチ!
「待てぇぇい!!」
そんな二人を助けるため、現れたのはダークブレイカーアスカ!
本名、飛鳥御光。
本職、ガチヒーロー。
三十六歳、未婚。
「大丈夫か、君たち……あれ? ゾンちゃん、また来てくれたの?」
ちなみに、クリムゾン仲邑とは幼馴染である。
「るっさい!!」
クリムゾン仲邑。
三十六歳、未婚。
幼稚園から一緒の飛鳥に想いを打ち明けられない、素直になれないお年頃である。
「いくらゾンちゃんでも、パワハラはダメだよ?」
正義の口から飛び出す正論。
――クリムゾンか、バイオレットか。
どうする、恋する乙女。
【次回『第10食 見参!! ダークブレイカーアスカ!!』お楽しみに!!】




