第10食 見参!! ダークブレイカーアスカ!!
ヒーローショー。
子供たちに夢と希望を与えるため、ヒーローが戦う様を実演する催し物である。
舞台はデパートの屋上。
「ハァ……ハァ……」
支給された全身タイツはボロボロ。
悪の親玉バイオレットサタンの前で跪くミツル。
「……ミツル」
抹殺指令の対象であるノイチだけは身を挺して守ったが、それもここまで。
「おーっほっほっほ。おバカさんねぇ。部下なら、部下らしくしないと。それじゃあ、おやすみなさい、何もできやしないクソガキども……」
振り上げられる、しなやかな鞭。
絶体絶命のピンチ。
「……逃げろ」
「やだ!」
ノイチは迷わず、ミツルと運命を共にすることを選んだ。
夢や希望はおろか、泣き叫ぶことすら忘れた子供たちが、ステージで起こる惨劇から目を背けようとした、その時だった。
「待てぇぇい!!」
お決まりのBGMと共に、ヒーローはやってきた。
屋上の出入り口。
ガムのガチャガチャの真横。
タンクトップにジャージズボン姿で現れた、その男こそが――。
「アスカだぁ!!」
「アスカぁ、がんばれー!!」
ダークブレイカーアスカ。
本名、飛鳥御光。
本職、ガチヒーロー。
三十六歳、未婚。
「良い子のみんな―! アスカがやってきたから、もう大丈夫! 大きな声で応援しようね!!」
子供たちはもちろん、司会のお姉さんまでをも魅了する甘いマスクを持つアスカは、疾風だけをその場に残し、次の瞬間にはステージに立っていた。
助かった。
ミツルの気は遠くなっていった。
ノイチがしがみつくあまり、その首を力いっぱい締めていたからである。
そんな彼女を落ち着かせようと、歩み寄ろうとするダークブレイカーアスカ。
「大丈夫か、君たち……って、あれ? ゾンちゃん、また来てくれたの?」
ちなみに、クリムゾン仲邑とは幼馴染である。
「るっさい!!」
バイオレットサタンこと、クリムゾン仲邑。
三十六歳、未婚。
幼稚園から大学まで、ずっと一緒だったアスカに想いを打ち明けられない、素直になれないお年頃である。
「いくらゾンちゃんでも、パワハラはダメだよ?」
さすがのガチヒーローは、正論を説きながらノイチの拘束技をも解く。
「カッハァ!!」
ようやく酸素を取り込めたミツル。
そんな彼に、アスカが優しく微笑みかける。
「いいジャンプだったよ、君。ようこそ、こちら側の世界へ」
やっばい人だった。
一瞬でも、まともな人間だと思った自分がバカだった。
後悔を胸にしたミツルは、この世のどんな大人よりも綺麗な瞳を持つアスカを見つめるばかり。
「はっはっは! 謙遜することはない! 初めてのジャンプでトリプルとは恐れ入った! 私も負けていられないな!」
ヤバい、ヤバい、ヤバい。
絶対にヤバいのに、どうして動けないの。
それは今日のバイト代が十万円も貰えるから。
「さあ、ゾンちゃん! 未来ある若者にお手本を見せるから、遠慮なく、その鞭で――」
――スフュン。
四・五回転。
――スフュフュン。
五・五回転からの連続で、六・五回転。
ミツルの時とは風切り音がまるで違う、本気の鞭さばきも何のその。
ガチヒーローは、いともたやすく世界記録を更新する。
「すご……」
「あんまり……見ない方が、いいんじゃない?」
「なんで? ……もしかして、嫉妬してるの?」
「いや……あの、うん。それで、いいや」
ラブコメが捗る、食い違い。
「うん。やっぱり、ゾンちゃんとだと息が合うな」
こちらはこちらで、別の愛憎劇が展開される予感。
一人の女が、バイオレットサタンからクリムゾン仲邑へと表情を変える。
「この……」
「ちょっと待ったぁ!!」
楽しい楽しいラブ&コメディック。
その邪魔をする者たちが現れる。
「お前たちは……」
目を細めるアスカ。
その視線の先にいたのは――。
「へっへっへ……」
クモ男、ハエ男、カメムシ男。
その他、ありとあらゆる不快害虫をモチーフとした、怪人どもであった。
「みんな、大変だー!! 悪い怪人たちがやってきた!! みんなで、アスカの必殺技を叫ぼう!! せーの!」
「不魔鬼・太陽神!!」
子供たちの大声援を一身に受けたアスカ。
その身体は奇跡を呼び起こし、害虫怪人たちはたちまちノックダウン。
ステージは爆発。
爆発音ではなく、爆発。
正直、火薬を盛りすぎた。
のちに、特殊効果スタッフがそう語るほどの大爆発である。
「おおぉぉい!!??」
「ミツル!!」
ノイチの身体を抱え込みながら、ミツルは観客席へ飛ばされ――。
「きゃああぁぁぁぁ!!??」
バイオレットサタンもといクリムゾン仲邑は、その反対方向、屋上のフェンスを越えていった。
ガチ人間の彼女が地上に叩きつけられれば、もちろん無事ではいられない。
そんな彼女を助けるため、一人の男の筋肉が躍動した。
飛鳥御光。
焼け焦げたタンクトップを脱ぎ捨て、その男は光よりも早く、空へと駆ける――。
「バカだっ!!」
正直なミツルの声が、緑色のフェンスを突き破っていったアスカを送り出した。
猛烈なスピードで絶望が背中に迫る中、クリムゾン仲邑は考える。
こんな最期を迎えるなら、もっと素直になればよかった。
初めて一人で二つ結びを作れた時も、小学校の漢字テストで満点を取った時も、中学の部活でレギュラーが取れた時も、高校の習字で賞を取った時も、大学に合格した時も、周囲の人間にできて当然と言われた。
そんな私を、いつも、何度でも、みぃくんだけは優しく褒めてくれた。
あの声。
あの笑顔。
あの匂い。
まるで太陽みたいに……。
心の底から愛する男の姿を、五月の穏やかな太陽に重ねる。
「バカ……」
虚勢の言葉は、召喚の言霊。
宙を縫い、眼前に迫ってきたのは、飛鳥御光。
「お待たせ、ゾンちゃん」
「おそいよ、みぃくん……」
「ごめんごめん」
アスカが手を伸ばしたのは、バイオレットサタン愛用の鞭。
「しっかり、掴まってて?」
「うん……」
手にした鞭を、デパートの看板を支える鉄骨へと巻き付ける。
一般の方々が取り残された、屋上。
先陣を切ったのは、自称一般人のミツルだった。
「待てって! まだ見るな!」
後からやってきたノイチを制し、まずは自分だけで下をのぞき込もうとする。
――ガシャッ。
「ひぃぃぃっ!!??」
タイミングよく、足元のコンクリートにめり込んだのは、ダークブレイカーアスカの五本指だった。
圧倒的なパワーでよじ登ってきた、ガチヒーローの腕の先には――。
――翌日、秋風家。
【飛鳥御光、またしても市民を救う!!】
「全部ガチだったっていう、この……ねぇ?」
朝刊の一面と、色をつけられて分厚くなった封筒を交互に見るミツル。
「なにが?」
その視線の間に割り込んだのは、もちろんノイチだった。
「いいえ。なんでもございません。さて、バイト代はたんまりもらったし、ばあちゃんに美味しいものでも食べさせてあげよう」
「いらないよ?」
「どうして?」
「おばあちゃん、パチプロだもん」
「そういう問題じゃなくて……ね?」
ガチヒーローは実在する。
もちろん、弁聖も。
二人は今日も仲良く連れ立って、パーラーDAY&NIGHTへと向かっていった。




