第8食 サンキュー、連休バーベキュー
憲法記念日。
日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する日。
「今日は、じゃんじゃん焼いて、たくさん食べようね!」
はしゃぐギャル、秋風ノイチ。
「気合いはいいんだけどさぁ、結局焼くのは、こっちなのね?」
ぼやく男子大学生、ミツル。
「ふぇっふぇっふぇ」
笑う老婆、秋風ぼぎ。
連休らしくバーベキューがしたい。
そう言い出したノイチのために、三人は近くの河原へと足を延ばしていた。
「はい、ミツル。たこわさ」
ノイチは椅子に座りながら、割り箸でつまんだ珍味を遠く離れたミツルへと差し出す。
「遠い遠い。今、火おこし中だから、いらないし……たこわさなんて、買ってたの?」
「なんか、おかしい?」
「いや、おかー……しいね。『じゃんじゃん焼いて』って、言ってたから」
「あっははは! おもしろ!」
「ふぇっふぇっふぇ」
終始ご機嫌なノイチとぼぎを無視し、ミツルは解説動画を見ながら、見よう見まねで不慣れな火おこしを行う。
「ソロキャーンプ!! 孤独こそ真の自由!! ボッチ最高だねぇ!!」
孤高を謳い、三人の視界と耳に全力で入り込んできたのはトッシュ岡田。
臭いものには蓋。
三人は無言のコミュニケーションを取り、特に気にせず、自分たちのペースでバーベキューを楽しむことにする。
「……あれ? 全然点かないなぁ。何か間違ったかな?」
首を傾げ、動画をチェックし直すミツル。
「んコレぇ!! バーナーで一瞬!! 知恵!! 年長者の!! あと備えと資金!! 何も知らない若者と違って!!」
ミツルたちの先で、コンロに火柱を上げるトッシュ岡田。
「……ミツル、火ばさみを貸してもらえるかえ?」
動き出したのは、弁聖ぼぎ。
錫杖の代わりに手に取った火ばさみで、井桁の高い山を瞬く間に積み上げる。
流れるように燃焼剤に火を点け、炭の中心へと放り込む。
「こ、これは!!」
おののくミツル。
「おばあちゃん、すごーい! さすが!」
歓喜するノイチ。
ミツルたちのコンロに現れたのは、火のドラゴン。
爆ぜる火の粉が、ゆらゆらと、新緑の風に運ばれてゆく。
「ぐっふっふ……ぐっふっふっふっふ、ぐっふ、アチィ!!??」
摂氏1000℃。
その熱は、優越感に浸っていたトッシュ岡田の、脂肪がたっぷり乗った後頭部のお肉を焦がした。
「アチャチャチャッチャッチャチャー!!」
憎まれっ子世に憚る。
ぶっとい指で自らの後頭部をつまみながら、トッシュ岡田が手を伸ばしたのはクーラーボックス。
「ふぃ~……危なかったわい」
空を仰いだトッシュ岡田が、手を使わず器用に首とお肉の間に挟み込んだのは、水の雫が滴る白と赤のコントラスト。
Bootywiser。
100年以上の歴史を誇る、よく冷えた、異国の缶ビールが彼を窮地から救った。
その様子を見ていたミツルが、ぽつりと一言。
「……昭和の怪人?」
「ブォッフゥー!!」
お茶を噴き出すノイチ。
「ごほっ、ごほっ……ちょっとぉ!! 笑わせないでよ!!」
「笑わせるつもりなんてなかった! 今のは、ただのつぶやきだから! ポストしただけ!」
「ふぇっふぇっふぇ」
かくして、楽しいバーベキューが始まった。
弁聖が召喚したドラゴンも勢力を落ち着かせ、ミツルがコンロに網を乗せようとした、その時だった。
「ミツル、ちょっとそれを貸してくれるかえ?」
動いたのは、やはり弁聖。
「どうぞどうぞ」
その実力を知らずとも、おばあちゃんに優しいミツル。
彼は持っていた網を、弁聖へと手渡す。
キッチンペーパーに湿らせた何かを、網に塗り込んでゆく弁聖。
「ちなみに、それは何を?」
「お酢さねぇ。こうすると、お肉やお魚がくっ付きにくくなるんだよ?」
「はぇ~……」
おばあちゃんの知恵袋。
かくして準備は整った。
「アックスボンバァァ!!」
遠くで、トマホークステーキを焼き始めるトッシュ岡田。
「……」
昭和の怪人が焼く豪快な肉の塊を、ちょっと美味しそうだな、と思いつつ眺めるミツル。
「ミツル? 見てないで、こっちもやろうよ」
「だな。じゃあ、焼くのはやるから、そっちは食材を頼む」
向こうがパワーで押してくるのなら、こちらはチームワーク。
気を取り直し、コンロの前に立つミツル。
給仕のノイチだって張り切る。
「はい、ししゃも!」
「ししゃもね。美味しいよね。はいはい」
「はい、スルメ!」
「スルメ? 変わってるけど……まあまあまあ」
「はい、厚揚げ!」
「おめぇさっきから、オジサンが食べるヤツばっかだな!?」
飛び出す鉾田弁。
これを聞くためだけにボケ続けたノイチは大喜び。
「あはははは!!」
笑って出る涙でメイクが落ちるのは経験済み。
今日のノイチは、薄めのお化粧でバッチリ対策していた。
「思い出したら、最初からたこわさ食べてたし。厚揚げとか、スルメとか、全部オジサンが食べるヤツだっぺよ。……でも、よく厚揚げを選んだね? そのセンスは凄い。それがなかったら、気づかないまま進めてたから。それはいいとして、せっかくのバーベキューなんだからさ、もっとふさわしい食材を頼むよ」
「あはははは! はぁ……面白い」
「いいから、お肉を出してくれ。ちゃんと買ってきたんでしょ?」
「うん! 食べ切れないくらい、買ってきた!」
「お願いね? 今日のバーベキュー、ちょっと楽しみだったんだから。実は」
「ほんと!?」
始まりそうなラブ&コメディ。
「――!?」
それを破ったのは、『聞こえし者』ミツルの耳が拾い上げる、不吉な羽音。
《ブウゥゥン》
クマバチ。
ミツバチ科クマバチ属に属する昆虫。
《ブウゥゥン》
クマバチ。
胸が黄色いから、キムネクマバチ。
「ちょ……ハチ!? やだ!!」
ずんぐりとした体型がノイチに向かう。
ミツルはとっさに、怯える彼女の手をとり抱き寄せる。
「あっ……」
ノイチが頬を染めたのは、五月の陽気のせいではなかった。
「……動くな」
かつて鉾田の大地を駆けまわっていたミツルは、クマバチの生態を知り尽くしていた。
急に動かないこと。
ミツルはノイチの身体をきつく押さえつけ、黙ってクマバチを見つめる。
「プッハァ~!! 昼呑み最高ォ!!」
一人酒を楽しむ、トッシュ岡田。
《ブウゥゥン》
ビールの香りに誘われて、クマバチはミツルたちから離れてゆく。
《ブウゥゥン》
クマバチはトッシュ岡田に一直線。
「肉も、ちょうど焼け……ん? 何だ、コレ。肉が引っ付いて……まぁ、ええわい。網ごと食ってやるのさぁ!」
などと言いつつ、網から肉を剥がそうと足掻くトッシュ岡田。
そんな彼の耳元に、重たい羽音が響く。
《ブウゥゥン》
「ハチィィィ!!??」
トッシュ岡田は大慌て。
骨の柄を握りしめ、ハチを振り払おうと、肉に引っ付いた網で激しく抵抗する。
――ドンガラガッシャァァン!!
なんということでしょう。
自らの勢いに負け、地面に転がったトッシュ岡田。
コンロの炭も、トマホークステーキも、ビールも、椅子も机も、自慢の巨体ですべてをひっくり返して台無しに。
音に驚いたクマバチは遠くへ飛び去り、地べたに残ったのは、憐れな昭和の怪人、ただ一人。
「…………」
三人は無言でコミュニケーションを取る。
「…………」
弁聖の了承を得たミツルは、答えを渋るノイチを見つめた。
「…………」
ノイチは最後まで悩みぬいてから、ようやく首を縦に振った。
笑顔を見せたミツルは、トッシュ岡田に駆け寄ってゆく。
「あのー……よかったら、こっちに来て、一緒にやります?」
「さ……サンキュー」
世代も、考え方も違う二人が、手を取り合う――。
「あ、すげぇ。このマッチ、あれだけビール浴びたのに、全然点く」
「結構いいよ、それ……ちょっと高いけど」
「ミツル、お肉おかわり!」
「はいはい……申し訳ないんですけど、持ってってくれます?」
「うん、いいよ。体型のわりに、よく食べるお嬢さんだねぇ?」
「それが取り柄ですから。それに、そういう人がいないと、焼きがいもないですし」
「ふぇっふぇっふぇ」
憲法記念日。
日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する日。
この日成長したのは、誰だったのか。
反目しあう者たちが、一緒になってバーベキューを楽しむ。
運命が翻弄する、一日でもあった。




