第88食 浸食! 悪ふざけのパロディと、ちょっとだけエッチな回!
グランピングの魅力。
それは、快適な環境にいながらにして大自然が味わえることに他ならない。
ミツルたちが『うみぶた』に来てから、3日目。
時は8月、時刻は朝の8時。
季節柄、山が近いこともあって、この辺りではよく雨が降る。
――バタバタバタバタバタ!! ボタボタボタボタ!! バチッバチバチバチバチ!!
思ったよりも強い。
そんな暴風雨が、冷房をガンガンに効かせたコテージの天井や窓にぶち当たる。
「なんか、すごい……怖いかも。みんな、平気かな?」
広いベッドで仰向けになりながら、ノイチが心配の声を上げた。
その手は、ポチポチとスマホを弄っていた。
そんな彼女の隣で、ぼーっと天井を眺めていたミツルは身を起こして、一つの提案をする。
「見に行ってみる?」
考えすぎる性質だから、ちょっと腰が重いだけ。
でも実際のところはフッ軽で、田舎出身でもある彼は、こうして暇を持て余すと天に授かりし四肢を使いたくて仕方がなくなってしまう。
コテージは全部で4棟。
先輩が気を利かしてくれて、自分たちだけが相部屋という形になったのか、たまたまそうなっただけなのか。
ついでに、そのあたりの真相も伺ってみたい。
そう思ったミツルは、雨具が入っているバッグへと視線を延ばす。
そんな彼を尻目に、ノイチは指先を駆使して、効率よく手間を省いていた。
「あっ……無事だってさ。動画見てるって」
「なんだ、つまんない」
ふい、と拗ねたように、ミツルはノイチに背を向けてベッドに寝転がった。
「……でも、私は怖いと思ってるよ?」
がっしり、ふわふわ、むっくむく。
両手両足すべてを使って、ノイチが後ろから抱きしめてくる。
身長、体重、すべて勝っているのに、力が強くてほどけない。
どうして彼女は、こんなにパワフルなのか。
それは、食べている量が違うから。
「今日も、大丈夫な日だから。たくさん仲良ししようね?」
いっつも、この流れ。
彼女は、いろんな面が強すぎる。
そもそも、ほぼ毎日のようにある「大丈夫な日」というのは、そんなに多いものなのか。
さすがのミツルもおかしいと、薄々、思うようになってきていた。
筋トレと避妊の大切さを緊急に感じる。
「シャワー浴びてくるね」
「……はい」
彼女の手を離れたミツルは、まずはスマホを取り出し、各種関連商品のチェックを行った。
――3時間後。
相も変わらず、広いダブルベッドの中。
多少の着衣の乱れは見えども、ミツルとノイチは元気にやっていた。
演奏だけで3時間。
恐るべきはノイチだった。
コテージに激しく打ち付ける轟音にも負けない調べを奏でていたくせに、顔を紅潮させているくらいで、少し水分を取った彼女はケロリとしている。
時刻は11時。
昼食には少し早く、これ以上はちょっと、という相手への思いやりの観点から、ミツルは一つの提案をする。
「映画でも、観る?」
「えぇ? もうちょっと……」
やれやれ。ミツルは肩をすくめながら、ベッドの中にもう一度潜り込んだ。
――さらに、3時間後。
さすがに、ようやく。
今は亡きチェスター・ベニントンの魂を揺さぶるような、あるいはエミリー・アームストロングのエネルギッシュなシャウトにも似た彼女の嬌声は、もう聞くことはできない。
やれやれと、大激闘を終えたばかりのミツルが寝具を変えたところで、彼女は満足して眠りへと落ちてくれた。
手持ちの時計で、十五分間。彼女の寝顔を眺めたあと、それをやめたミツルはキッチンへと行き、冷蔵庫からよく冷えた缶のガラナ飲料を取り出す。
なんだかよくわからない、変な形のグラスと共にダイニングに行けば、一人きりの時間が始まる。
スマホを立ち上げ、FMラジオを起動する。スピーカーから流れるのは、どこかで聞いたことのある繊細なクラシックだ。目を閉じて、耳を澄ませることにする。
Caro mio ben♪
credimi almen♪
senza di te♪
languisce il cor♪
ルチアーノ・パヴァロッティの歌う『カロ・ミオ・ベン』が部屋に流れていた。その見事なテノールに耳を傾けながら、僕はふと、さっきブラウザの隅に表示された「大切なパートナーを守れ」という避妊具の広告のことを思い出していた。
人生とはつまるところ、選択の連続だ。僕は今、素晴らしい大自然の中にいて、激しい暴風雨にさらされていて、愛する、そしてあまりにもパワフルなパートナーが隣の部屋で眠っている。
しかし僕の頭を占めていたのは、通信販売の「お急ぎ便」がこの山奥のコテージにまで本当に届くのだろうか、という極めて現実的な疑問だった。
配達員だって豪雨の中、わざわざこんなところまで来たくはないはずだ。そう思うと、申し訳なさで胸のあたりが少しばかり締め付けられた。
「……みちゅ?」
背後で声がした。振り返ると、いつの間にか起きていたノンちゃんが、乱れたピンク色のショートヘアを指先で掻きながら、まっすぐ僕を見つめていた。
「お腹空かない? カップラーメンの買い置きって、まだあったっけ?」
一体どれだけ食べるつもりなんだろう。彼女の欲望は、まるで底の抜けた古い井戸のようだった。
僕は飲み口の少し歪んだグラスを机に置き、やれやれと首を横に振った。
「スパゲティーならあるけれど」
「やった! 一緒に作って、食べよ……ってか、みちゅ、なんか喋り方、変だよ?」
やれやれ、やーれやれ。
僕たちの夏は、まだ始まったばかりだった。




