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第86食 アレンジだって自由! バーベキューはフルコースで!

 

 薄明に染まる夏の空に、ヒグラシの声が響き渡る。


「皆さん、ご心配をおかけしまして、誠に申し訳ございませんでした」


 テーブルに座っている四人に向かって、ミツルは深々と、頭を下げるほかなかった。


「みちゅが無事だったんだから、もういいって」

「……なんにせよ、ひと安心だ」

「そうっスね。全部水に流して、今夜はパーっとやりましょうよ」

「座りなさい。今日のバーベキューは、真菜君の無事を聞きつけた『うみぶた』の校長が、気を回して用意してくれたらしいわ」


 平謝りを乗り越えて、楽しい時間が幕を開ける。


 いつも通り、ノイチと肩を並べて腰掛けたミツルは、ようやく生きた心地を取り戻した。


 正面では、コゴロー先輩とえりりんに挟まれたウカウカ先輩が、ニヤつきながらカメラを回している。


 そんなことよりも、ミツルは卓上の方が気になって仕方がなかった。


「すごい、というか……」


 ライトアップされたプールの上に設置されたバーベキュー会場は、まさに至れり尽くせり。


 五人で座ってもまだ余る、広いテーブルの上には所狭しとBBQのフルコースが並べられている。


 アミューズ・ブーシュとして、旬のトウモロコシを使った冷製ポタージュ。


 オードブルにはホタテのタルタルや、スパイス薫るパテ・ド・カンパーニュ。


 もちろん、サーモンのマリネも欠かせない。


 ポワソンは、この時期定番であるスズキをカリッと仕上げたソテー。


 しかし、やはりバーベキュー。


 肝心のヴィヤンドは、ひときわ目を引くものがあった。


 牛、豚、ラム。


 豪華にも三種の肉が盛られた真っ白なプレートには、多彩なソースを使って虹の層が美しく描かれている。



 ――分析開始。



 いい加減にしてほしい、かな。


 救助されて、もてなしを受ける側が言うのもなんだけど、バーベキューって、そうじゃなくない?


 あみゅーず、ぶうしゅ?


 フランス語?


 嫌いになっちゃうよ、ずっとフランスで押されても。


 帰りの車の中でも、岡田さん一人で歌ってたもん。


 トレアドール、トレアドール、って。


 あれも、どうせフランス語だったんでしょ?


 そういえば、イルカ様の手下って言ってたもんな。


 上の人の影響を受けて、そうなっちゃったのか。


 ……いや、あの奥さんのせいか?


 とんでもなかったな、あの人も。



「食べないの、みちゅ?」

「あ、割りばしでいっちゃっていいんだ!?」

「当たり前じゃん。バーベキューだもん」



 だから、ちげぇんだって。


 あれ? 俺がおかしくなっちゃったのかなぁ?



「はい、あーん」

「いいから! 俺のタイミングで食べさせてくれ……うまぁっ!?」

「でしょ!?」



 味は最高。


 そもそも何を食べさせられたんだ、俺は。


 なんか、ネギトロみてぇなピンク色したやつを、カリカリに焼いたラスクみたいなのに乗せたやつ。


 そういうのを今、食べました。


 ニンニクが効いています。


 とてもおいしいです。



「スープもおいしいっスよ! 真菜先輩たち、食べました?」

「いや、まだだけど」

「はい、あーん」

「いいから! 自分で食べれるって……うーん、これもなかなか」



 うまいことはうまいんだけど、スープは宇都宮のステーキ屋のビシソワーズの方が絶対うまい。


 こうなってくると、なんか複雑だね。


 あの店に、行きたくなってきた。


 コゴロー先輩に頼んで、帰りに寄ってもらおう。



「お魚がおいしいわ! 普段お魚はあまり食べないから、余計にありがたく感じちゃうわね」

「はい、あーん!」

「なんなんだ、お前はぁ!? うまぁい!! そういえば、俺たちも普段、焼き魚は食べないね?」

「うん。グリル洗うのめんどくさいから」

「あ、そういう理由だったの……」



 ですって。


 これって、料理する人は、あるあるだったりするのかな?


 なんにせよ、秋風家の台所は彼女が握ってますから。


 逆らったら、もうおしまい。


 ……ああ、あの奥さんの歌、思い出しちゃった。


 せっかく、楽しくなってきたっていうのに。



 ――萎え、終了。



「Les desserts(デザートです)」


 ぬっと現れたのは、ボーイと呼ぶにはあまりにも屈強な体つきをしている男だった。


「誰、急に!? デカッ!? 怖っ!?」

「コゴロー先輩、よかったですね! 甘いものですよ!」

「……楽しみだな」


 ビビるミツルを尻目に、ノイチとコゴローはマイペースを貫く。


「ねぇ!? 誰も、気にならないの!? 今来た、強そうな、銀髪ヒゲおじさんのこと!! 胸板が厚すぎて、第二ボタンまではち切れてたけど!?」


 取り残されて、かわいそう。


 そんな彼を思って、えりりんが助け舟を出す。


「やっぱり、真菜先輩も気になるっスか。あの人、たぶん男好きっスよ」

「それはお前の願望だろ!? 知らねぇよ、バーカ!! 名誉毀損で訴えられちめぇ!!」


 と思いきや、彼女の船は泥でできていた。


「綺麗ね……」


 ウカウカ先輩が出した吐息交じりの感嘆の声に、二人は揃って振り向いた。


「また……なんだ、コレ?」

「桃のデザートみたいっスね」


 そこにあったのは、ピーチメルバ。


 カットされた桃に、濃厚なバニラアイスクリームがドカンと乗せられている。


 アイスには鮮やかなラズベリーソースが幕を張り、トッピングされた、否、ぶっ刺されたあめ細工が、キラキラと夏の夜に輝いている。



 シュコー。



 プレジデント・スプレーホイップ、発射。


 ミツルの対角線上にいるコゴローが、職人の技を一撃のもとに屠る。



 テロテロテロ。



 ハーシーズ・チョコレートシロップ、出撃。


 死体蹴りも何のその。


 コゴローの手は止まらない。


 満足げに笑った彼は、魔改造したデザートを口元に運んだ。


「……これがフレンチか。最高だな」

「あんたは、なに食ったって一緒だよ!!」

「はい、あーん!」

「うるっせぇ!! まだ肉食ってねぇんだよ!! ……うまい」


 兎にも角にも、この日の夕食は、五人ともが楽しく過ごせたらしい。

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