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第85食 入場無料!! 『アラカルメン』開幕!!

 

 キビタキもさえずる高い木々が豊かに茂った山中。


 構えられているのは1軒の真新しいログハウス。


 玄関ポーチに設置された階段を挟み、対峙するのは、おかっぱでぶでぶ木こりおじさんと、金髪縦ロールセイレーンコスプレおばさん。


 木こりおじさん、もといトッシュ岡田の手にはまさかりが。


 コスプレおばさん、もといプラーヴァ姫咲の手には軟膏の容器が握られている。


「ラムール♪」

「ただいま」


 とんでもねぇ奥さんだった。


 おじさんの隣に立つミツルは、冷ややかに状況を見守る。


「ラァムール♪」

「森で知り合いの子が迷っていたから、これから送って行こうと思うんだ」


「ルァムール♪」

「あ、そうなの? よく覚えてるね」


「ルァモー♪」

「大したことないよ。ハチとヘビだから」


 なぜ会話が成立しているのか。


 それこそが『ラムール』の力であることを、ミツルはまだ知らない。


 戸口に立つプラーヴァ姫咲の佇まいを見上げながら、彼は思う。


 ――ド派手だぜ。衣装もメイクも、何もかも。


 だがしかし、すでに歌劇は始まっていた。


 どこからともなく聞こえてきたのは、チェロが奏でるピッツィカート。


 というわけで、オペラ・コミック形式で始まった今回の劇をお楽しみください。



 ――――――


 ――――


 ――



 ※軟膏の章・開幕。階段を下りながら奏でるのは、歌姫(ディーバ)・プラーヴァ姫咲。


 恋は気ままなセイレーン♪

 誰にも手なずけられないの♪

 呼んだりしてもムダよ♪

 私が飛びたいから飛ぶんだから♪


 ※脚が鳥なのでケンケンで夫・トッシュ岡田に近づく歌姫。彼の怪我を心配する表情を浮かべるも、その歩みはリズムに合わせて、どこか気怠く。


 脅されてもお願いされても聞きはしないわ♪

 ガリガリとでぶでぶなら♪

 たくさん食べるあなたが好き♪

 あなたは特に好きとか言ってこないけど、私はそれでいいの♪


 ラムール♪


 ラァムール♪


 ルァムール♪


 ルァ、モォー♪


 恋はセイレーンの申し子♪

 お作法なんてどうでもいいの♪

 あんたがお弁当でいつも残すお漬物だけど、私は大好きよ♪

 でも、私に惚れられたのだから、どうか気をつけてね♪


 ※歌姫はミツルに流し目を送りながら、夫へと背を預ける。そのまま彼の袖をたくし上げ、ハチに刺されて真っ赤に腫れ上がった腕へと、三本の指を使って妖艶に軟膏を塗る。


 《Prends garde à toi!》

 ※塗られた軟膏が傷口にしみたトッシュ岡田、渾身のバリトンボイスと脂汗。


 あなたが好きじゃないお漬物、私は大好きだから♪

 《Prends garde à toi!》


 そんな私に惚れられたのだから、どうか気をつけてね♪


 ※笑顔なのに目は怒ってる歌姫。今度はミツルのもとへ歩み寄り、チューしちゃいそうなくらい顔を近づける。


「…………」

 ※迫りくる歌姫の顔面にも負けず、ミツルは完全なる無の状態での棒立ち。森の木々と一体化する精神で。


 あなたも、気をつけてね♪

 そういう子に惚れられたら、どうなるか♪

 気をつけなよ♪


 ※無視にも負けず、歌姫はミツルの顔をがっつりと見つめる。


 あなた、最近ギャルに捕まったらしいわね♪

 そんなあなたも、翼をはためかせて、飛んで逃げるクチかしら♪

 遠いわよ? 一途な女の愛から逃げるには♪

 飛べないと思ったら、もうすぐ後ろまで来ているから♪


 ※ミツル、寒気に負けて身震いをする。


 天然、かつ狡猾なギャルの子♪

 胃袋を捕まえられてるあなたは、もうおしまい♪

 逃げようとしているのかもしれないけど♪

 すでにあなたは捕まってる状態だから♪


 ※歌姫はにやりと笑ってミツルから離れる。再び夫のもとにケンケンで近づき、背中を預ける。夫が携えた水筒をその手に持ち、軽く水遊びを始める。


 ラムール♪


 ラァムール♪


 ルァムール♪


 ルァ、モォー♪


 ※歌姫はくるりと向きを変え、正面に夫を据える。しゃがみ込んだ彼女は、夫のズボンの裾をたくし上げ、ヘビに咬まれて緑色に変色し始めている患部をあらわにする。


 恋はセイレーンの申し子♪

 法律なんて通じない♪

 あんたに想われなくても、私は大好きよ♪

 そんな私に惚れられたのだから、どうか気をつけてね♪


 ※歌姫、軟膏を唇に塗りたくり、夫の患部へとディープなキッス。


 《Prends garde à toi!》

 ※塗られた軟膏が傷口にしみ、ちょっと感じちゃったトッシュ岡田。至高の表情で渾身のバリトンボイス。


 たとえ愛されてなくても、私は大好きだからこんなことも出来ちゃう♪

 ※歌姫、軟膏でテカテカになった唇で、夫の患部にもう一発ディープキス。


 《Prends garde à toi!》

 ※塗られた軟膏が傷口にしみ、だいぶ感じちゃったトッシュ岡田。劇中一の素晴らしいバリトンボイスを森の中に響かせる。


 私みたいなのに惚れられたら♪


 ※歌姫に意味深に見つめられたミツルは、30年後のノンちゃんの姿を想像しながら生唾を飲み込む。


 そっちの感情とか、マジで関係ないから♪


 気をつけなよ♪


 《Prends garde à toi!》

 そっちが好きじゃなくても、こっちが好き♪

 《Prends garde à toi!》

 もし私みたいなのに惚れられたら♪


 ――気をつけなよ♪


 ※ひとしきり歌劇を楽しんだミツルは、なぜか全回復しているトッシュ岡田に誘われるがまま、スポーツカーに乗り込み、無言の帰還を果たす。森には変態ばかりが残る。

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