第83食 大丈夫! 頼りになる先輩たちがいるから!
芳賀の大自然の只中に、ぽつねんと存在する廃校。
現在は大胆にリノベーションされ、グランピング施設『うみぶた』として営業している。
ミツルたちが宿泊するコテージは、全部で4棟。
そのすべてはプールサイドに建てられ、各棟の出入り口からは、プールの上を突っ切るように通路が十字につながっている。
通路の中央部は広く取られたバーベキュー場になっており、日没となったこの時間には、寒色でライトアップされた涼しげな水面を鑑賞して楽しむこともできる。
周囲に漂うのは、食欲をそそるスパイシーなカレーと、砂糖の焦げる甘い香り。
空っぽになった大鍋を背に、ミツルは目の前にある食べかけのカレーを見つめていた。
「魚釣れなかったこと、まだ気にしてるの?」
隣に座るノイチが体を密着させてくる。
「うーん……」
何もかも忘れて、心から安心できる体温に身を任せてしまいたくなる。
そんな欲求に抗いながら、ミツルは言葉を濁した。
「先輩って、案外繊細っすよね」
正面に座る後輩のえりりんが、茶化してくる。
彼女の隣ではウカウカ先輩が、風にたなびく長い髪を鬱陶しそうに押さえつけていた。
「それで、川は楽しめたのかしら? 真菜君が川に行きたいっていうから、コゴロー先輩がここを選んでくれたのよ?」
「そうだったんですか……」
ふと、コンロの方に目を向ける。
そこでは、アホみたいなサイズのマシュマロを串に刺して焼く、コゴロー先輩がいた。
『実は川で、河童が釣れちゃいまして』
どれだけタイミングを見計らっても、この事実は言えそうになかった。
世の中には、知らなくていいことがある。
ミツルはさきほどしてきた体験を、記憶の片隅にしまうことを決意した。
「そんなに悔しいなら、リベンジしよう! 明日私も一緒に魚釣りに行くよ!」
決意したのに、どうしてそんなこと言ってくるの。
「あの場所に近づいてはいかん!」
天真爛漫なノイチの提案に、さすがのミツルもホラー話によく出てくる警告ジジイになるしかなかった。
「どうしたの? 急に大声出したりして」
緊張が走りかけた瞬間、テーブルにコトリと置かれたのは、ブックブクに膨らんだ巨大なマシュマロが乗せられた皿だった。
マシュマロの表面は、こんがりと綺麗なきつね色に仕上げられていた。
「……甘いものでも食べて、落ち着くといい」
職人技を見せつけてきたのは、コゴロー先輩だった。
それ以外何も言わず、彼はチョコレートをバキバキと素手で砕いて鍋に放り込み、そこに少量のミルクを注ぎ込んだところで、再びバーベキューコンロの方へ行ってしまった。
「食べましょうか」
ウカウカ先輩に促され、皆がマシュマロに手を伸ばす。
ミツルもそれに倣って、熱々のマシュマロを頬張る。
サクッと香ばしく焼けた外側と、中から溢れ出るもっちりとしたクリームが、口の中で合わさり広がっていく。
「……うめぇ!! なんだこれ!? 焼きマシュマロって、こんなにうめぇの!?」
河童なんかどうでもいい。
初めての体験はこうでなくては。
ミツルは興奮気味に感想を漏らした。
「それで、真菜先輩。川で何かあったんスか?」
えりりんめ。
せっかく、このスウィートな味わいで上書きしたっていうのに、どうしてお前はいつもそうなんだ。
「なんか……見た、とか?」
怖いのダメなくせに、どうしてノンちゃんまでそうやって勘を働かせるの。
「そういえば、ずいぶん濡れて帰ってきたようだけど?」
鋭いことを言ってくるな。
ウカウカしてろ、お前は。
コゴロー先輩が出してくれた糖分のおかげか。
心の中で忙しくツッコミを入れ続けるミツルの脳細胞は絶好調。
「そうなんです。増水に気づかなくて、ちょっと足を取られちゃって」
それっぽい噓もつくことができて、焼きマシュマロの効果は間違いなかった。
「大丈夫だったの?」
すかさずノイチが心配の声をかけてくる。
「大丈夫。だけど危ないから、明日は他の場所で遊ぼう。川はダメ。絶対」
ゴトリ。
テーブルに置かれた皿の音が、重々しく響く。
見れば、コゴロー先輩が大量のチョコバナナを持ってきていた。
「……カラースプレーを、買い忘れていた」
彼は眉間にしわを寄せて、ウカウカ先輩の隣に座り込んだ。
とはいえ、このチョコバナナも絶品に違いない。
が、さすがにバナナは食後に回したい。
そう思って急いでカレーをかきこむミツルを尻目に、女子たちはそれぞれ、出来立てのデザートを手に取った。
「じゃあ、明日はみんなで山に入ってみましょうか」
ウカウカ先輩が作戦会議を取り仕切る中、ミツルはピタリと手を止める。
山。
川で河童とくれば、山はなんだ。
もしかして、天狗か。
いや、待て。
いくらなんでも、そう都合よく妖怪大魔境が広がっているわけないか。
「どうしたの、みちゅ? カレー、おいしくないの?」
「おいしいよ。せっかくノンちゃんが作ってくれたから、ゆっくり味わって食べてるの」
「えへへへへ」
もしも天狗が出たら、この笑顔を守れるのか。
できるわけがない。
河童で、あの体たらくだったのだから。
「先輩。山は熊とか出るかもしれないし、危ないんじゃないですかね?」
セーフティーガード発動。
ミツルは遠回しに反対の意思を伝えた。
「そうねぇ……でも大丈夫。たとえ妖怪が出てきたとしても、撃退できる兵器は持っていくから」
一人じゃないって、素晴らしいことなのかもしれない。
頼りになるのは、妖怪を超える変態だけだった。




