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第81食 素っ裸河童カメハメハインフルエンサー

 


 ――初日で河童は飛ばしすぎだって。



 ビビるミツルの眼前に、センシティブなコンテンツが迫る。


「そのぉ……」


 甲羅一枚、皿一枚。


 それ以外は何も着ていない。


 おまけに腰に手を当てて立っているものだから、上から下まで、全部見えちゃってる。


 どうやら相手には、恥じらいという概念がないらしい。


 なぜなら、河童の若奥様だから。


 それにしても、でかい。


 でかすぎる。


 見上げないと顔が拝めないほど、背が高い。


「Що трапилося?」


 なぜなら、外国語を喋る河童の若奥様だから。


 バスケか、バレーか。


 海外のアスリートを彷彿とさせる体格の良さ。


「…………」


 それに気圧されて、黙ってしまう。


 が、待てど暮らせど、日本語で喋ってくれた河童の子どもが戻ってくる気配はない。


 でも、まずは、ぽっちゃりとしたあの子を釣り上げてしまった事故を、母親とみられるこの人に説明して、謝らないといけない。



 ――どうやって?



「З тобою все гаразд?」



 ――どうやって!?



 困ったときの現代の神器。


 混乱に支配される中、ミツルはほとんど無意識に、ポケットに手を突っ込んでいた。


 指先に触れたのは、頼りになる、いつもの硬い感触。



 ――そうか。翻訳アプリ、使えばいいんだ。



 大急ぎでストアを開く。


 狙いは、今話題の無料翻訳アプリ。


 世界に名を馳せる大企業が手掛けた、自動検出・音声入力対応の最強コンテンツ。


 対応言語は100種類以上。


 きっと、河童語だって対応しているに違いない。


 ポチポチと画面を操作して、いざダウンロード開始。


 ………………


 …………


 ……


 思いのほか大容量だったアプリは、インストールに時間を食った。


「…………」

「…………」


 気まずい時間が流れる。


 持て余したミツルは、念のため、河童の若奥様に話しかけてみる。


「あのぅ……日本語、わかりますか?」


 困った顔をされてしまった。


 やはり、だめか。


「チョットダケ」


 喋れた。



 ――騙したな、妖怪め。



 理不尽に理不尽が重なり、怒りすら覚えたミツルは、ガツンと言ってやろうと一歩前に出る。


「あの、すいません」


 安定の低姿勢。


 からの、事情説明を行う。


「僕、ここで釣りをしていたんですけど、お宅のお子さんを間違えて釣り上げてしまったみたいで」

「アァ……チョット、ワカラナイ。ゴメンナサイ」

「どっちなんだよ、おめぇ!! でも確かに、少し急いで喋っちゃったかも!! ごめんなさいね!?」


 早まった。


 もっと相手の立場に立って、ものを考えないといけない。


 そう思ったミツルは、基本的なところからやり直すことにした。


「僕の、名前は、真菜ミツルです」


 ゆっくりめの自己紹介を終えたところで、ようやく相手に笑顔が見える。


 つられてこちらも歯を見せて笑うと、彼女はたどたどしく言葉を紡いだ。


「ワタシノ、ナマエハ、ジェラシーデス」

「ジェラシー!? ジェシーじゃなくて!? ふーん……変わってますね」


 こいつも一緒だ。


 闇野に血刀に、クワガタとカブトムシ。


 たぶん『うみぶた』経営陣に与する、変わった名前の人。


 無理やり納得したミツルは、現実から目を背けるようにスマホの画面を見た。


 ダウンロードバーは、半分ほどしか進んでいなかった。


 追い詰められた彼は、この外来河童をどう相手するのか。


「ドラゴンボール、知ってます?」


 アニメ作戦。


 外国人といえば、アニメ好きしかいない。


 そんな偏見から、必死にひねり出した話題がそれだった。


 しかし悲しいことに、その話題を口にした彼自身がアニメ知識に乏しかった。


 実家にあったドラゴンボールの漫画しか読んでいない。


 あと、ダイの大冒険があるが、それはウカウカ先輩に借りっぱなしで、まだ目を通していない。


「Драгон Бол!」


 音に聞いて驚いた。


 どこの国の言葉かはわからないが、確かにその発音は『ドラゴンボール』そのもの。


 浅い知識が奇跡を起こし、つながらないはずの種族間に絆が生まれてしまった。


「そう! ドラゴン・ボル!」


 これにミツルは大興奮。


 恥ずかしくて、普段は絶対にそんなことをやらないが、川に向かって合わせた両手を開き、作中の技を模倣した動きをして見せる。


「カメハメハ!!」


 ジェラシーの表情が、みるみる明るくなる。


 彼女はミツルの隣に立ち、水面に向かって同じ動きをしながらその名を叫んだ。


「Камехамеха!!」


 キィィィィン。


 ジェラシーの手のひらから、青白い閃光が放出された。


 ドーーーン!


 川に着弾した光線は派手な水しぶきを上げ、高く打ち上げられた魚が雨のように降ってきた。


 立ち込めるのは、ちょっとした生臭さとキュウリのような香り。


 足元では、川魚たちがピチピチと跳ねていた。


 果たして、これは現実なのか。


 ミツルは考える。



 出た。


 カメハメハが。


 目の前の、日本語の通じない、おそらく外国籍の河童が、カメハメハを出した。


 アニメ好きってすごい。



 現実逃避しながら、すぅーっと大きく息を吸ったミツルは、再びスマホへと視線を移した。


 ダウンロード完了。


 もう、聞くこともないんじゃないか。


「これ、翻訳アプリなんですけど、なにか喋ってもらえます?」


 半ばやけになって、ジェラシーにマイクを向けてみる。


「Я інфлюенсер, підпишіться, будь ласка」

 《私はインフルエンサーです。フォローをお願いします》


「なんか宣伝活動してきた!! なに、急に!?」

 《Почавша займатися рекламою!! Що це за раптовість!?》


「俺のはいいんだよ!! このバカAIが!!」

 《Та забий на мій переклад!! Ти, тупий ШІ!!》


 ミツルの反AI思想は根深かった。

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