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第80食 釣果がすごい町! 芳賀!

 

 大自然と飢え。


 それが、ミツルの中でいまだ燻っている能力を呼び覚ますきっかけになる。


「お腹減っちゃった」


 7つもあったジャンボなおはぎを、結局一口も食べられなかった彼は、ちょっと不機嫌気味に釣り糸を垂らしていた。



 ニーニー、カナカナ。



 東京では聞かなくなった類のセミたちの声を一身に受ける夕刻の渓流。


 川の音が洗い流す雑念を、飢餓感が呼び戻す。



 ――川釣り開始。



 今夜はノンちゃんが、大鍋でカレーを作ってくれます。


 絶対においしいでしょう。


 楽しみ。


 ぶっちゃけ、魚なんか釣ったところで、誰も食べてくれないだろうね。


 田舎をナメた連中だから、骨のない刺身しか食えないですから。


 下手すると、刺身も食えないんじゃない?


 でも、いいんだ。


 どうしても川釣りがしてみたかったから。


 ………………


 …………


 ……


 大丈夫かな?


 ウキが、あっちの方まで流されちゃってるけど。


 これが普通なのかな?


 ちょっと上げてみようかな?


 ………………


 …………


 ……


 はい、だめですね。


 何もなし。


 餌もなくなってます。


 仕掛け直して、もう一回、っと。


 ………………


 …………


 ……


 ふう。


 まあまあまあ。


 周りには誰もいないし、のんびりとやってまいりましょう。


 あの濃い連中は、プールサイドのコテージに置いてきたことだし。


 おかげで、とっても静かで穏やか。


 ストレスフリー、ってやつね。


 でも、よくよく考えてみると、逆に俺だけが、この川っぺりに放り出されたのかもしれない。


 こういうところが、あれなのかな?


 話し合いに呼ばれなかったりする、理由になってたりとか?


 みんなと歩調を合わせて、クーラーの利いたコテージでダラダラ過ごさないと、ダメなのかなぁ?


 いや、考えすぎだって。


 寂しいのか? っていう話になってきちゃうから。


 そんなことは、断じてありません。


 気を取り直して。


 なんにせよ、一度来てみたかった、夏の渓流体験。


 それだけは間違いない。


 思ってた通り、川ってすごくいい。


 もう、余計なこと考えなくていいですから。


 目の前に流れる水に向かって、釣り糸を垂らして、ひたすら待つだけ。


 すごい、暇。


 あと、足の裏が痛い。


 絶対、サンダルでなんか、歩っちゃダメ。


 足元の硬派な石たちが、軟派なゴム底を突き抜けて存在感を示してくるから。


 でも、サンダルで来ちゃいましたから。


 ここに来るって知らされたの、三日前の夜でしたから。


 準備、間に合いませんでしたから。


 結局、荷造りは適当になっちゃった。


 大丈夫かな?


 タオルとか、足りるかな?


 もし機会があれば、今度は万全な状態で臨みたいね。


 それだけ、ここの大自然は素晴らしいから。


 ………………


 …………


 ……


 まだ釣れないの?


 せっかくだから、釣れたての鮎を塩焼きにでも、なんて考えてたけど、さすがに甘かったか。


 わかってるよ、そんなの。


 素人だもの。


 そんな都合よく、ウキなんて沈まない。


 どうせ釣れるのは、長靴とかなんでしょ?


 やれやれだね、ほんと。


 それにしても、いいところだなぁ。


 同じ田舎でも地元の鉾田と比べると、見える風景が全然違う。


 米どころ、ってやつなのかな?


 こっちは田んぼが多くて、山が近い。


 この違いを、行きの車の中で熱く語ったら、えりりんとかいうナメた後輩は鼻で笑ってたけど。


 思い出したら、またムカついてきちゃった。


 もう知らない、フン。


 あの女だけは、カメムシに襲われても助けてあげないもんね。


 とかなんとか考えてたら、あれ?


 ウキは、どこに行った?


 ないです、ウキ。


 え?


 ウキが消えた。


 どうすればいいの、これ?


 とりあえず、もう一回手繰り寄せて、やり直せばいいのかな?


 あれっ!? なんか、とんでもなく重――。



 ザバァ!! っと、釣り上げたのは、やはり河童だった。


「なにが『やはり』なんだよ!? どこにそんな要素あった!? 妖怪が出てくる気配なんて、1ミリもなかったけど!?」


 誰に対して放ったのか、ミツルのツッコミの声が芳賀の大自然に響く。


 久しぶりに覚醒した、『聞こえし者』の力が解き放たれた瞬間だった。


「河童……河童の、子どもだなぁ!? えぇ!? これ……えぇ!? キミ、大丈夫!? 針とか、刺さってない!?」


 動揺はしたが、心配が勝り、釣りたての妖怪に慌てて駆け寄る。


 太ってる。


 文献やら、漫画、アニメで見てきた姿とは違って、目の前にいる河童の子どもは丸々としていた。


「うん、だいじょぶ!」


 かわいい。


 5歳くらいだろうか。


 裸同然の丸出し状態で、短い手足までがムチムチとしていて、その姿はどことなく愛猫の姿と重なった。


「本当に!? 怪我とかない!? お父さんとか、お母さんとか、近くにいないの!? 呼んできな!? ちゃんと謝りたいから!!」


 河童が釣れた。釣れた河童が喋った。


 だからといって、驚くだけではもう古い。


 最新の河童との邂逅は、ご両親への謝罪から始まるのがマナーとなっているらしい。


「わかった!」


 くっきりと割れたお尻をこちらに向け、ぺちゃぺちゃと足音を立てながら川に飛び込んだ河童の子どもは、水に入ると嘘のように無音で潜っていった。


「…………」


 ミツルは固唾を飲んで水面を見ることしかできなかった。



 ザッバァ!!



 突如として巨大な水柱が上がる。


 推定身長2m。


 川から現れたのは、若くて、スタイル抜群で、日本人離れした顔立ちと骨格をお持ちの、河童のママさんだった。


「Що трапилося?」


 日本人じゃなかった。

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