第79食 おいでませ『うみぶた』
チェックインは午後3時。
栃木県は芳賀町の某所に存在するグランピング施設『うみぶた』。
山あり、川あり、田んぼあり。
大自然のど真ん中に構えられたこの宿泊施設は、本日より貸し切り。
木造校舎に体育館、プールもあれば鉄棒だってある。
廃校をリノベーションした一風変わった敷地内を今、一風変わった男女五人組が、若い女性に連れられ歩いている。
校庭に生えそろった芝生をファサリと進む。
ふと校舎の前で歩みが止まった。
先導していた『血刀アキコ』とかいう、見覚えしかない女は煙のように溶けて消え去り、ただただ、待たされるという謎の時間が訪れた。
キーン。
痛い、痛い。耳が痛い。
全員が耳を塞ぎながら上を仰ぎ見る。
屋上には、不快な音の発信源であるスピーカーが設置されている。
その下に立っていたのは――。
《フハハハハハーッハ! 諸君、芳賀町へようこそ!》
握りしめた拡声器からお決まりの高笑いを発する、『闇野イルカ』だった。
この炎天下でも、トレードマークであるドルフィンオールバックだけは、バッチリと決めている。
今日は上下ともに小豆色のジャージに身を包み、ご機嫌な校長スマイルを見せていた。
その隣にしれっと立つ、下縁メガネが麗しいアキコは、ピンク色のジャージを着ていた。
《入学おめでとう! わが校の校風はフリーダム! 川で釣りを楽しむのもよし! 山で昆虫採集をするのもよし! 夜ともなれば、この校舎で肝試しをするのもよし! 四泊五日! 限られた時間を、存分に楽しんでくれたまえ!》
――あれ? 意外と普通の挨拶だな。
ミツルは一人、胸をなでおろす。
《真菜ミツル君だけは、最終日に卒業試験があるから、体力を残しておくように!》
――やっぱりそうなのね。そうこなくちゃ。お久しぶりです、イルカ様。
ミツルは一人、あきらめモードに入った。
《それでは解散! 何かあったら、フロントの方に連絡を入れるよう、お願い申し上げます!》
プツリとスピーカーのスイッチが切られると、イルカとアキコは校舎の中に入っていった。
――状況が、さっぱりわからん。
ミツルはくるりと向きを変えて、出発時からずーっとカメラを回しているウカウカ先輩に尋ねた。
「あの……これはもう、『始まっている』?」
「いいえ。聞いたでしょう? 『お仕事』は最終日だけ。あとは普通に、合宿を楽しみましょう」
「じゃあ、なんでずっとカメラ回してんの!? 俺はまた、てっきり始まってると思ってたよ!! おかげでお昼ごはんが、全然喉通らなかった!!」
サークル活動と闇野イルカ。
ごちゃ混ぜになったこの状況に、ミツルはひそかにパニックを起こしていた。
ふたを開けてみれば、偶然が生み出したガッチャンコ。
どう判断していいものか、またしても頭を悩ませる彼に、ウカウカ先輩が追い打ちをかける。
「これはファンサービスだから、気にしないで」
「ファンって、なに!? いないよ、そんなの」
チャンネル登録者数500万人。
先日の八王子のライブ配信がきっかけで、中東限定ではあるが、彼には十分すぎる数のファンがついていた。
実のところ、ミツルに誘いを持ち掛けても断られて続けていたウカウカ先輩は、一時期ピンチに陥っていた。
配信をしなさ過ぎて、ファンたちが暴動を起こしかけていた。
それを救ったのが、このオフショット大作戦だった。
持ち前の盗撮の技術を活かし、ミツルの日常生活を隠し撮り。
これが大バズリを起こしてくれた。
大学内で落ちていたゴミを拾って、ゴミ箱に入れるだけ。
講義室で後ろの人が落としたペンを、拾ってあげるだけ。
足が悪いおばさんに、レジの順番を譲ってあげるだけ。
駅で切符の買い方がわからないおばあちゃんを、助けてあげるだけ。
ノイチの作ってくれたお弁当を、残さず食べるだけ。
傘を杖のようにして持って歩いていたら、側溝の穴にズボッて挟まって、「あっ」て、なっちゃっただけ。
ドラッグストアの店員が無理くり詰めたパンパンのレジ袋が弾けて、中身が道にバーンって散らばっちゃっただけ。
頑張って図書館でテスト勉強をしていたら、眠くなってガクンってなっちゃっただけ。
ぼーっとしながら道を歩いていたら、チワワに吠えられて、ビクッて体が硬直しちゃっただけ。
よし、今度は気をつけるぞ。と、しっかりと前を向いて歩いていたら、歩きスマホをしていたJKに後ろからベーンってぶつかられて、「大丈夫?」って声をかけたら「チッ」って舌打ちを返されただけ。
こういったミツルの何気ない日常が、累計で数億回以上再生されている。
ちなみに、当の本人は再生回数どころか、発信されていること自体をいまだに知らない。
「肝試しだって」
ぎゅっと、ミツルの腕に絡みついてきたのはノイチだった。
これは後で消しゴムマジック。
個人的には大歓迎の存在だが、彼女を飛び越えて婚約者という存在がいることを、海の向こうにいるファンたちに知られてはマズい。
そういった黒い思惑を一切表情には出さず、ウカウカ先輩はカメラを回し続けた。
「怖いなら、やらないから。大丈夫」
「うん……」
おっひょー。これはいいものが撮れましたわ。
ノマカプ至上主義のウカウカ先輩は、声を上げたくなるのをこらえて、カメラのレンズを二人に向け続ける。
画角の横からスッと伸びてきたのは、白くて細長い腕だった。
「先輩、ちょっといいっスか?」
ちょっともなにも、もうすでにシャツを掴んで引っ張ってるじゃない、あなた。
ツッコミを入れる間もなく、腕に絡んだノイチごと、ミツルをズルズルと離れたところまで引きずっていったのは、えりりんだった。
三人集まれば、なんとやら。
彼女は顔を寄せて、ひそひそと切り出した。
「どうしましょう。自分、コゴロー先輩のために、おはぎ作ってきたんですけど」
「おはぎ!? どうしてもっと早く、出さなかったの!?」
ミツルは驚きの声を上げながら、振り返って、甘党でお馴染みのコゴロー先輩の方を見る。
相変わらず何を考えているのかわからない、退廃的な雰囲気をまとった男は、無表情で古びた校舎を眺めていた。
「なんか恥ずかしくて、なかなか言い出せなくて……」
えりりんの消極的な想いに声を荒げたのは、ミツルの腕から離れようとしない、呪いのギャル人形・ノイチだった。
「そんなこと、気にしちゃダメ!! 早くしないと痛んじゃうって!! もう3時だよ!? どうしよう!? ここで食べる!? いや、コテージで食べよっか!! たしか、プールだったよね!?」
――そこ? いや、でもその指摘は正しい。
「豆は、あたったらやばいから、俺が味見してもいい? 大丈夫か、どうか」
昼食が喉を通らなかったミツルは、単純にお腹が減っていた。
「ちょっと待ってください……はい、どうぞ」
「でかすぎだっぺよ、バーカ!!」
えりりんがバッグから出したおはぎは、ナメック星のドラゴンボールくらいの大きさだった。
「……どうした? 真菜ミツル」
コゴロー先輩がぬるりと、密談に参加してくる。
彼の後ろでは、ウカウカ先輩がちゃっかりとカメラを回していた。
一か八かいったれ。
そう思ったミツルは、正直に打ち明ける。
「コゴロー先輩、和菓子はお好きですか? えりりんが、おはぎ作ってきてくれたらしいんですけど」
「……もちろんだ」
バスケットボールすら掴めそうな大きな手を広げ、コゴロー先輩はえりりんからおはぎをひょいと取り上げる。
そのまま彼は表情の起伏少なく、モシャモシャと口を動かして、瞬く間にジャンボおはぎを食べ終えてしまった。
パンパンと、手についたあんこの汚れを払うその姿たるや、合戦終わりの戦国大名のようだった。
「……うまい。お代わりはあるか?」
「はい! 全部で7つあるっス!」
「ドラゴンボールじゃん」
体力を残しておくように。
イルカが言っていたことを守るよう、ミツルは控えめにツッコミを入れた。




