第75食 ツッコミ不在のノンサーサークルは、大体こんな感じ!
送ったばかりのメッセージに既読がついた。
それだけで満足した秋風ノイチは、にんまりとだらしなく笑った。
「なんて送ったの?」
隣に座るえりりんが、今にもスマホをのぞき見してきそうな勢いで、体ごとこちらに向けてくる。
「ないしょ」
ノイチは大事な宝物を隠すように、それでいていつでも目に見えるよう、手にしていたスマホをショルダーバッグのポケットにすぽっと収めた。
「それにしても、警戒心の強いあの先輩を、よく捕まえられたよね」
「まあね。同じ血液型だし、運命だから。あとは籍入れて、子供つくって、逃がさないようにするだけかな」
サイコホラーサスペンスギャル・秋風ノイチはいつでも全力で生きていた。
「めちゃくちゃ惚れてるじゃん。どこがそんなに好きなの?」
「二面性かな。口ではなんだかんだ言うけど、お願いごとは全部聞いてくれるし、ああ見えて、虫とか平気でポイッてしてくれるし。そういう頼りになるところも、結構あるんだよねぇ」
「そうなんだ。もしかして、ゴキブリも?」
「もう余裕。すごいよ? 私が叫ぶと、スッと来てガムテープでピッてやって、はい終わり。みたいな」
「すご……でも、意外だね?」
「でしょ!? ミツルなしの人生なんて、もう考えられないよ」
「いいなぁ。自分もノンノンみたいに、死ぬほど誰かを愛してみたい」
冷房の効いた狭い室内に、カタカタと響くキーボード音。
えりりんは、その音の発信源をチラリと流し見る。
正面に座っているのは、変わった形の携帯端末を見ているウカウカ先輩。
その、さらに向こう側。
コゴロー先輩が一人で黙々とデスクに向かい、パソコンとにらめっこしている。
今日は普段していない黒縁眼鏡をかけて、大人びた容貌をますますビターなものにさせていた。
「秋風さんは男の子と女の子、どっちがほしいの?」
手にしていた端末をテーブルの隅へと寄せ、長い髪をかき上げながら、ウカウカ先輩が妖しく微笑む。
「それはもう! 絶対男の子ですよ! ミツルみたいな子が生まれたら、めちゃくちゃ可愛いに決まってますから!」
未来計画を聞かれたノイチは、ここぞとばかりに声を張り上げた。
その勢いに負けることなく、ウカウカ先輩はほくそ笑みながら、さらなる燃料を投下する。
「男の子は、甘えるわよ? ベタベタベタベタくっついてきて、ひっきりなしにチューしてくるかも?」
「ああ、どうしよう!? 幸せすぎ! そういえば、途中で寄ったドラッグストアで、チョコレート買ってきたんで、食べてください。溶けちゃうんで。コゴロー先輩もどうぞ。甘いもの、お好きでしたよね?」
まだ見ぬ将来を想像し、赤らめた頬を両手で押さえながら、同時進行でお菓子を勧める。
一見して混沌とした行動に見えるが、彼女がさきほどミツルに宛てたメッセージの内容に比べれば、なんてことのないものだった。
「エリカさん、持ってってあげたら?」
「そうだね! えりりん、よろしく!」
「え?」
えりりんの拗らせた想いを知っている二人。
一方は、いやらしく。
もう一方は、素直な応援の眼差しを彼女に送っていた。
再び、デスクへと視線を向けるえりりん。
「……メロンパン味はあるか?」
そこには、手を止めて、しっとりとこちらを見つめているコゴロー先輩の姿があった。
「えと……」
チョコレートなのだから、そんなものはない。
えりりんは焦りながら、彼の好みに近い味のものはないかと、テーブルの上をガザガザと探った。
「ありました!」
と思いきや、最近のお菓子はすごかった。
ばっちりメロンパン味。
緑とオレンジの、異様に明るい色をしたパッケージに包まれていたため、指定されたものはすぐに見つかった。
「……頼む」
「は、はいっ」
立ち上がりは勢いよく、移動はサイドステップ。
決して広くはないプレハブ小屋の中を、えりりんは縫うように移動してコゴロー先輩へと近づく。
「ど、どうぞ……」
震える手でチョコを差し出すも、彼は受け取らない。
「あの……?」
えりりんはおそるおそる、先輩の顔を覗き込んでみた。
引き締まったシャープな顎と、整った口元。
その口を半開きにさせて、彼はこちらを見据えていた。
「……エリカ=リタ・オヴェリス」
「は、はいっ」
「……中身だけ開けて、持っていてくれ」
「はいっ!」
言いつけ通り、小さな包装を開いて、チョコを剥き出しにする。
――カチャン。
先輩が、デスクの一番の引き出しを開いた。
そこには、真っ白なスプレー缶が隙間なく、何十本と詰め込まれていた。
彼はその中から一本のスプレーを取り出し、逆さまにしながら、吹き出し口がチョコレートの上になるように据えた。
――プシュゥゥゥゥゥゥ……ジュルッ。
メロンの香りがジューシーな、オレンジ色のチョコが、一瞬にして真っ白になる。
ホイップクリーム。
本場の発音では、ウィップドクリーム。
チョコの上に築かれたのは、純白のカロリーマウンテンだった。
『……食べてみろ』
実際に言われたわけではない。
ただ、コゴロー先輩は手を自分の口元に持って行って、確実にそう伝えてきた。
推しのご所望とあらばと、えりりんはホイップ山盛りのメロンチョコをがっつりと口の中に詰め込む。
もぐもぐ、ふんわり。
罪悪感たっぷりの、極上の味が口の中に広がる。
「……どうだ?」
先輩が尋ねてくる。
「爆弾っす」
「……そうか」
――プシュゥゥゥゥゥゥ。
満足そうに笑った彼は、自らの口の中に直接スプレーを噴射した。
口の中いっぱいに溜まったクリームを、水のように飲み干していく。
その姿たるや、なんとセクシーなことか。
やっぱり、この先輩とは、もっとお近づきになりたい。
そう思ったえりりんは、下心全開で話題を振る。
「パソコンで、なにしてたっスか?」
キシリと椅子を軋ませた先輩は、艶のない黒い瞳を、ここではないどこかへと向けた。
その佇まいは、ショーウィンドウの向こう側に置いてある、欲しくてたまらないおもちゃを見つめる少年のようにも見えた。
「……サークルの旅行先を調べていた。真菜ミツルの希望通り、綺麗な川があるという那須にしようと思ったんだが、なかなか予約が取れなくてな」
「や、やっぱり、コゴロー先輩って、ミツル先輩みたいな、か、可愛い男子が、お好きなんですか!?」
拗れた想い、またの名を欲望、それは誹謗中傷にも近い願望。
興奮したえりりんの、バグった声量が室内に響いた。
突然の大声に動じることもなく、コゴロー先輩は静かに口元へと手を当てた。
「……可愛い、か」
確かに、真菜ミツルは可愛い後輩だ。
落ち着きのない、ちょっと高い声。
ボルテージが上がると飛び出す、鉾田弁。
ボケたい放題、やりたい放題、何をしても、引かずに最後まで付き合ってくれる。
ノリがいいとか、そういうことではない。
悪事の場合は、ちゃんと断れる一面もある。
こんなやつ、ずっと友達に欲しかった。
だが、特筆すべきは「スピード感」だ。
絶対的で、唯一無二の速度が生み出す、ツッコミの心地よさ。
あれこそが、真菜ミツルの魅力の正体。
速度といえば、我がサークルの早食いクイーンこと、鵜飼卯花。
黒縁眼鏡を外し、目を細めて、彼女の背中を眺める。
全体的に視界がぼやけて、なんだかわからない。
――なん、だと?
彼の眼差しを違う意味で受け取ったえりりんは、まさかのライバル出現に背筋を凍らせた。
ウカウカ先輩は、純正統派、黒髪美人。
今日も変な端末をイジってニヤニヤしてたし、ときどき変な鳴き声を上げることもあるが、見た目だけで言えばパーフェクト。
年だって自分よりもコゴロー先輩と近いし、学部なんかは偏差値高めの理系という共通点もある。
やばい。
負ける。
普通に負ける。
……でも、待って。
日本には、側室システムがあるじゃない。
……茶々になっちゃえばいいんじゃない?
本命とはできない、あんなことやこんなことを、雑にされて、ドロドロの関係に踏み込む。
これで、ウィンウィンの関係が成立する。
「最盛期を避けて、来月辺りにすれば、少しは予約も取りやすくなるんじゃないかしら? 場所についても、もう少しマイナーなところを選んでみたら?」
拗らせるえりりんを尻目に、ウカウカ先輩は理路整然とコゴロー先輩に言い放った。
「……なるほど、な」
アドバイスを受けた彼は、眼鏡をかけ直し、再びマウスとキーボードを操作する。
その手が止まるまでに、あまり時間はかからなかった。
「……エリカ=リタ・オヴェリス。グランピングは好きか?」
「ぐらんぴんぐ?」
「……キャンプのようなものだ」
「キャンプ……」
脳裏に浮かんだのは、大自然の暗闇の中で燃え盛るキャンプファイヤー。
そして、その傍らには、ボロっちいテントがポツンとあるだけ。
――これは!! 本命のウカウカ先輩とは綺麗なホテルに泊まって、側室の自分は虫だらけの、蒸し暑いテントの中に、雑に放り込むつもり!! の、やつ!!
「超好きっス!! 上様たちは、ホテルっすか!?」
ツッコミの不在は大きい。
えりりんが発した奇妙な呼称に、訂正を入れることなく、コゴロー先輩は話を続けた。
「……グランピングを知らんのか。なら、決定だな。楽しく、快適な旅行にしよう。他の者たち、異論はあるか?」
ウカウカ先輩は無言で手を上げただけ、ノイチに関してはスマホを片手に「あいあい」と短く鳴いただけだった。
――カタカタカタ、ポチッ。
「……これで予約は完了だ。秋風ノイチ、グランピングの予定について、真菜ミツルに伝えておいてくれ」
「りょーかいでーす」
ノイチは嬉々として指先を動かし、”もうちょっとしたら、帰る!”と、ミツルにメッセージを送った。




