第74食 夏休み初日! 恐怖の長文ギャル!
ポキポキ♪
0、6、2、9。
タップするのはメッセンジャーアプリ。
トークルームの最上部に表示されているのは、もちろん、秋風ノイチの名前だった。
――長文開始。
”おはよう! 今日から夏休みだね! もうお昼過ぎちゃったけど、私は朝からずっとミツルが起きてくるのを待ってました。『なんで起きてこないの?』と思ったけど、テスト頑張ってたもんね。疲れた心と体、たくさん休めてください! おばあちゃんはいつも通り、近くのパチンコ屋さんにいます。迎えは私が帰ってから一緒に行こうね! 日傘の場所、わからないでしょ? それと冷蔵庫にサラダが冷やしてあるから、起きたら食べてください。ミツルの好きなトマトも入ってるよ! あと、玄関に置いてある回覧板をまわしておいてね。水やりは、朝、おばあちゃんがやったって言ってたから、夕方でいいよ。そういえば何日かは忘れたけど、今月はお祭りがあるらしいから、連れてってほしいなって思ってるよ。浴衣も一緒に買いに行こうね。ミツルは何選んだらいいか、わからないでしょ? ついでに、近所にまた新しいスーパーができたらしいから、それも行きたい! 冷凍食品、足りてるよね? 一応冷凍庫確認してもらえる? あと新しい製氷皿、可愛いの見つけたから、そのお店にも行こうね。話は変わるけど、ウカウカ先輩が、ミツルが返信してくれないって、困ってたよ? 私、怒らないから、ちゃんと返事してあげて? そういえばさ、昨日夢でミツルが私のアイス食べたじゃん? 許せないから、あとで『ヨーブンオッツ』のバニラリッチ、ふたつおごってね? アイスって言えばさぁ、ミツルの布団からずっと離れないもち丸が、暑さでバテないように、保冷剤を入れておいたんだけど、破けてないか見てくれる? 今さらになって、心配になってきちゃった。あ、そうだ。午後にもち丸の砂とか届く予定だから、今日は家から離れないで。あと、新しいお弁当箱、どうする? 私はこの前言ったやつが可愛くていいと思うんだけど? それは帰ってから、二人で決めようか。そうそう! おばあちゃんのいつもの塩飴が、たまたま入ったドラッグストアでも売ってたんだよね。しかも40円も安い! びっくりして、いっぱい買っちゃった。ミツルのボディシートもちゃんと買っておいたから、安心して。ホントはまだ、いっぱい話したいことあるけど、また帰るときに連絡するね!”
――確認完了。
スマホをパッと放り投げ、スッと布団の中を確認する。
「ナーン……」
そこにはカフェオレ大福もち丸と、ぐちょぐちょに解けた保冷剤があった。
タコのような感触になった保冷剤を手に、立ち上がる。
部屋を出て、おぼつかない足取りで階段を下りれば、背後からはドタッドタッとマイペースなお供の気配がついてきた。
ふすま、オープン。
すっかり蒸しあがっている居間の冷房を最強にする。
挿された花がくったくたに萎れた、仏壇の花瓶も手にして、いざ台所へ。
この花はもうだめだ。花瓶の花は、ゴミへ、ポーイ。
流れるように保冷剤の水滴を拭き、ノンちゃんがいつもお尻で閉めてる、冷凍室のドアをかっ開く。
温めるタイプのシュウマイと、油で揚げるエビフライがある。
いつもよりスペースの広い冷凍庫へ、保冷剤をダイブ。
「ナーン……」
カフェオレにご飯と水をあげてから、空っぽになった花瓶と、お供え用のひと口羊羹を手に、居間に舞い戻る。
さっと綺麗にした仏壇に羊羹とお茶を供えたら、お次はシャワータイム。
「ナーン……」
五分とせずにバスルームから出てみれば、ご飯を食べていたはずのカフェオレが足元でお出迎え。
チャチャっと身だしなみを整えて、簡単なルームウェアに着替えたら、玄関に置いてある回覧板を持って外に出る。
苗字まではわからない。交流がないから。
とにかく、お向かいの家の郵便受けに、回覧板をそっと入れたら即座に帰宅。
「ナーン……」
玄関では猫ちゃんがまた待ってるけど、まだ中には入らない。
下駄箱の下の方にある、植木ばさみを持って、庭の方に回る。
暑い! シャワー浴びたばっかりで、真夏の昼だから!
せっかくさっぱりしたのに、意味ないくらいにいっぱい汗をかく。
けど、ここで、なんか黄色い花をバツバツッと適当に切る。
――おれは、かまきり。
突然、虫も出る。そりゃあ、夏だから。
デカい。
オオカマキリのメスかな?
ビビらせやがって。『おれ』とか言ってんじゃねぇぞ、お前。
カマ公風情が、威嚇しやがって。
そんな日の当たるところにいて、暑くないの?
しょうがないから、お尻を突いて手に乗せて、日陰まで移動させてやる。
カマキリと言えば、ハリガネムシがいるって、わめく連中いるよね。
こんな何の害もない虫に、触れもしないくせに騒ぐだけ騒ぐ。
ああいうやつら、大嫌いだよ。だせぇ。
どうせカブトムシとか、採ったこともねぇんだろ?
森、入ってみろ。見たこともねぇ虫どころか、ダニだらけだぞ?
いっぺん、夏の夜の鉾田で、外出てみろ。ショック死するぞ?
『怖くないけど、虫には菌が』とか言い出す、研究アピールバカもいるよね。
『顕微鏡のアレ見ちゃったら、気持ち悪くて、もう触れない』とか言って。
で、スマホの画面とか、ベタベタ触ってんの。
バカじゃね? 気持ちわりぃのは、都合のいい考えしか持ってねぇおめぇだよ。
はぁ、スッキリした。
自分より弱いものを叩くのは気持ちがいい。
そしたら玄関に舞い戻る。夏だから。息できないくらい、暑いから。
「ナーン……」
え?
部屋から、スマホ持ってきたの?
……うちの猫、凄くない?
いらないんだけどね。
こんな、しがらみの元。
まあ、ありがとう。
スマホはポケットにしまって、忠猫を従えて居間に入る。
もう…………寒い!
なにこれ!? だれ!? こんなに冷房効かせたの!?
テーブルの上にあるリモコンで、運転を『AI快適自動』に切り替えて、持って帰ってきた花を仏壇の花瓶に挿せば、とりあえず、一仕事やりきった感じが出る。
………………
…………
……
いや、まだダメだ。
このままだと、お弁当箱が、なんか、変なのに変えられちゃう。
昨日一緒に見てたカタログ雑誌を、ノンちゃんのスペースのところから拝借して、ページを開く。
普通の男子大学生が使う、何の個性もない、無味無臭の弁当箱の写真にボールペンでグルングルン。
何重にも囲って丸を付ける。
よーし、これでもう安心安全だ。
………………
…………
……
サラダ食べてませんから。
男子大学生は、サラダなんて食べませんから。
でも、これを放っておくのが、いっちばんヤバいですから。
いただきましょう。
はい、台所台所。
で? どう食べる? 野菜なんて、食べたくないよ。
なんなんだろうね。トマト好きみたいな、キャラ付けは。
お米とか、そこまで好きでもないけど、勝手に米好きにされてるし。
米かぁ……米サラダ、とかにする?
ダメだ、まずそう。アメリカ人かよ。
アメリカ人か。アメリカと言えば、サンドウィッチ?
いいね。挟んじゃおう。冷蔵庫にハムかなんか入ってれば、簡単にできるし。
…………ありました、ハム。
すごい。一人暮らしのときからすると、ハムが常備してあるっていうのが考えられない。
感謝です。ノンちゃんには。
やっぱあの子は、わかってる。完璧ガール。
…………パンが、ないんだけどね?
夏場だしね? すぐ悪くなっちゃうから、置いてあるわけないの。
パンなんか、いらないよ。
このまま、放り込んじゃう。
ハムドウィッチです。
はい、いただきます。
…………うん、あの、麦茶飲むのが先だったかも。
パッサパサのところを通っていったからか、のどが痛い。
でも、まあまあまあ。
これで、怒られる要素は何一つなくなりました。
ごちそうさまでした。
ポキポキ♪
0、6、2、9。
”もうちょっとしたら、帰る!”
「どこ行ったんだ、おめぇ!? 行き先、1ミリも書かねぇで!! なんだその連絡!? 『もうちょっとしたら、帰る!』って言われて、俺はどう返したらいいんだよ!? あとなんで、夢で俺がアイス食ったからって、おごんなきゃならねぇんだ!? しかも二つ!! どうせ暑いところいて、アイス食いたくなっちゃっただけだろ!? 三つ買ってやるから、早く帰ってこぉ!!」
やり場のない感情をまき散らしながらも、ミツルは指を動かす。
その先にある画面には”オールオーケー”と、実に彼らしい、愛に溢れたメッセージが打ち込まれていた。




