第73食 新人歓迎? きそば士農!
学生街の片隅に佇む『きそば士農』。
ひとたび暖簾をくぐれば、昭和の雰囲気をそのまま閉じ込めたような空間が、濃厚な出汁の香りとともに広がっている。
年季の入った壁には帝寛大出身の著名人のサインが何枚も飾られており、歴史の重圧を感じさせてくる。
通されたのは、入ってすぐの座敷席。
ミツルの隣に座るノイチの前には、丼のような、力士が優勝したときにしか見たことがない、巨大な杯のような、何かが置かれていた。
「おいしい!」
スプーンのような、レンゲのような、これまた馴染みのない食器を片手に、士農名物・デカ盛り親子丼を口に入れた彼女はご満悦だった。
「それ、ひき肉なの?」
「うん! ミツルも食べる?」
「ちょっともらう」
「はい、あーん」
お玉一発。
問答無用に、口の中にくそデカスプーンを突っ込まれたミツルは、その熱さに悶絶しながらも、味わいを堪能する。
――うまい。
田舎の蕎麦屋と違って、変に甘くないから、さっぱりと食べられる。
さすがは東京の蕎麦屋だと感心しながら、ミツルは口の中をやけどした。
「大根蕎麦のお客様?」
「あ、はい」
タイミングよく、自分の注文した品が届く。
細く切られた大根が山のように、ざる蕎麦の上に盛られている。
「おいしそうじゃん! ちょっとちょうだい!」
「はいはい。いいよ、先に食べて」
愛するノンちゃんの消化機能を心配して、彼はこの、おじいさんしか食べないような渋いメニューを選んでいた。
「明太クリーム激辛灼熱うどんのお客様?」
「はい、自分っす」
サークルの新メンバー、リタは激辛キャラだった。
「あんこ・ソフトクリームマシマシ、シロップ2倍、士農あんみつのお客様?」
すっと手を上げたのは、甘党のコゴロー先輩。
「牡蠣蕎麦のお客様?」
「私です」
最後に、ホカホカと湯気立つ丼をウカウカ先輩が受け取って、これで全員分のメニューがテーブルに出そろった。
「すみません。お先にいただいちゃって」
「気にしないで、真菜君。さあ、食べましょう」
「いただきます!」
五人の合唱が、レトロな蕎麦屋に響く。
ズルズル、スルスル、カツカツ。
食卓では、五者五様の食事模様が展開される。
「ごちそうさまでした」
「うっそ!? はっやい!! 熱くなかったんですか!?」
一番最初に食べ終わったのは早飯早風呂でお馴染みのウカウカ先輩で、驚きの声は唯一のツッコミ役であるミツルのものだった。
笑顔になったウカウカ先輩は、空になった丼を両手に持って、中を見せるようにミツルへと傾けた。
「まるで、マグマのようだったわ」
「熱いんじゃん! ゆっくり食べればいいのに!」
ツッコミのスピード感に、横にいるノイチがたまらず吹き出す。
「失礼します。冷やしバナナのお客様?」
「冷やしバナナ!? 蕎麦屋で!?」
新たなるツッコミを入れる羽目になったミツル。
その視線の先にいたのは、小さく手を上げるコゴロー先輩だった。
「わらび餅は、今持ってきますので、少々お待ちください」
「わらび餅!? 蕎麦屋で!? なんなの、さっきから!? その甘いものパラダイスは!? もしかして、出所後!?」
「ちょっと! 笑わせないでくださいよ、先輩。自分、辛いの食べてるんで、鼻に入っちゃうじゃないっすか」
「知らないのよ、そっちのセレクションは。なに、それ? 灼熱クリーム? 意味わかんない! 言わなかったけど!」
「はい、ミツルの分! 半分こにしといたよ?」
「多い! もうちょっと、ご飯食べて?」
正面から始まり、はす向かい、隣の隣から、お隣まで。
矢継ぎ早に繰り出されるボケの対応に追われ、もはや、お食事どころではなくなりかけていた。
しかし、昼はとうに過ぎ、ミツルのお腹は限界に達している。
いよいよ大根蕎麦に取り掛かろうと、彼はむんずと箸を掴んだ。
「ちなみに親子丼はおいしいけど、お蕎麦はいまいちだったよ?」
「やめろ!! 老舗だぞ!? そんなわけねぇだろ!! ねぇ、先輩!?」
さきほど牡蠣蕎麦を完食したウカウカ先輩に話を振る。
だが、彼女はニヤニヤと、スマホのカメラをこちらに向けているだけだった。
ミツルは鼻から抜けていった息をもう一度吸い直して、粋に蕎麦を啜った。
「……うん! 確かに!」
キレの良い味わいのつゆと、大根の相性は抜群。
けれど、なぜだろう。
蕎麦を絡めると、逆に甘さが足りないように感じた。
「お待たせしました。わらび餅です」
「……あと、コーラください」
そんなミツルをあざ笑うかのように、激甘野郎が追加注文をした。
「どうにかなっちゃうぞ!? そんな甘いもんばっか食ってっと!!」
ミツル、怒りの体調心配。
これには一同、ほっこりとした気持ちで笑顔を向ける。
そんな中、一人だけ、故郷のお母さんの顔が脳裏に浮かんだコゴロー先輩は――。
「……やっぱり、ダイエットコーラで」
「はい、ダイエットコーラですね。ただいま、お持ちします」
口にするものは冷ややかに、それでも心は温かく、注文を変更した。




