第72食 新加入! ようこそ、ノンサーサークルへ!
正門をくぐった遥か先。
屈強な男たちで活気づく、青々としたラグビーコートが目に映ったあたりで――
「今日は涼しいわね。お昼ごはんは、お蕎麦屋さんでいいかしら?」
ブラックな色彩の服に身を包む、ウカウカ先輩が合流してきた。
挨拶もそこそこに、ノイチが彼女へと一歩近づく。
「いいんですか、先輩? 私、いっぱい食べますよ?」
「心配しなくても大丈夫よ、秋風さん。そのお店には、ラガーマンたちも大満足のメニューがあるから」
おごられる気満々の者と、おごる気満々の者。
相性のいい二人は、互いに笑顔を向け合った。
しかし真面目なミツルは、こうして集まることになった本来の趣旨を口にする。
「その前に、リタちゃんとコゴロー先輩を合わせないと」
「ちゃん付けで呼ばないで?」
嫉妬の鬼・ノイチが振り返り、即座に矯正を図る。
そんな彼女に、ミツルが今日も勇敢に立ち向かう。
「……リタ?」
「呼び捨てはもっと嫌」
「……殿下?」
「うーん……ギリオッケー」
許可が得られて、ホッとする。
「その呼び方は勘弁してほしいっす。先輩も『えりりん』でお願いします」
呼び方に関しては本人からの申し出を受け入れることにして、ミツルはそれぞれ毒を持った三人の女たちの先頭に立ち、目的地へ急いだ。
大木の枝葉が暑気を遮る。
池のほとりにひっそりと佇むのは、錆の目立つプレハブ小屋。
アヒルたちの鳴き声を背景に、ほのかに香ってくるのは蚊取り線香の匂いだった。
「真菜ミツルか……待っていたぞ?」
「寝てましたよね!?」
真っ白なアヒルを小脇に抱え、ドアを背にして立つコゴロー先輩は、すでに疲れ切っていた。
寝ぐせに目の充血、そして寝不足特有の険しい表情。
それでも彼は、口調穏やかにミツルたちの訪問を受け入れてくれた。
「どうもすいません、お疲れのところ。その……インターンシップが、あったとかで?」
怖いもの見たさを抑えながら、ミツルはおずおずとコゴロー先輩の顔を仰ぎ見る。
すると彼は、ふっと顔の力を抜いて、ミツルの肩にそっと手を置いた。
「……案ずるな。あと何年かすれば、キミも仲間だ」
――怖い! なにそれ!? どういうこと!?
「どもども。アヒルちゃんも、お元気そうで!」
過呼吸になりかけたミツルを救ったのは毒女その1、ノイチだった。
「秋風ノイチ……愛する男を、愛しているか?」
「はいっ、エバエバで!」
この二人、なぜかいつも会話が成立する。
「話は聞いているわ。配属先では大活躍だったそうね」
寝不足の真相をただ一人知る者、毒女その2、ウカウカ先輩が話の輪に加わる。
「鵜飼卯花……おかげで、いい経験ができた。感謝する」
意味深な視線を交わす二人を尻目に、ミツルは本日の主役である毒女その3、リタの顔を覗き見る。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
彼女は、興奮する大型犬の息遣いを完璧にマスターしていた。
――なんで!? こじらせると、こうなっちゃうの!?
このままではまずい。
そう思ったミツルは、ひっそりと彼女に耳打ちをした。
「大丈夫? ちゃんと挨拶できる?」
「ま、まずいっす。ちょっと、先輩だけ、一緒に来てもらえますか?」
きちんとノイチの許可を得てから、ミツルはリタとプレハブの裏手に回った。
併設されているアヒル小屋の前に立つなり、リタは嘘のような早口でまくし立てた。
「大変っす! たぶん先輩は先輩のこと好きっす!」
「なに言ってんだ、おめぇ? 落ち着けって」
「自分そういうお侍の研究してきたんでわかるっす!」
「だから、なんの話だよ? 頼むから、わかるように説明してくれ」
「つまりコゴロー先輩が信長で真菜先輩が蘭丸っす」
「ごめん、俺、歴史弱ぇんだ。あと、口調が早い。聞き取るのに、ギリギリすぎる。悪いんだけど、もう少しゆっくり喋って、言いたいことを素直に表現してくれる?」
ガーガーと鳴くアヒルたちの声が、のんびりと響き渡った。
鳥臭い空気のなか、リタは何度か深呼吸してから、その口を開いた。
「……コゴロー先輩って、男色の人だと思います」
「……アイアムゲイ、ってこと?」
「いや、そこが違くて! だから、信長なんですって! 男もいけるクチの男! 平気で女もいっちゃって! そういう、イケメンなんですよねぇ!!?」
「どうでもいいけど、なんで嬉しそうなんだよ!? そもそも、どうして先輩が、そういう方だってわかるの!?」
「目ですよ、目。真菜先輩を見つめる目だけ、ものすごく愛に溢れてて、優しくて……で、ノンノンに対しては、ライバルなんだけど、認めてる部分もあって、もう……もう、最高!!」
「勝手に想像して興奮すんな、バーカ!! どうすんの!? 『かっこいいから、先輩を紹介してほしい』って、そう言ってきたのは、そっちだけど!? このままだと、グダグダになっちゃうよ!?」
パッポー。
カッコウの鳴き声が、薄暗い空間に妖しくこだまする。
この森に潜む瘴気を全身で浴びるように、リタは両手を小さく広げた。
「……ファン、っていうのは、どうでしょう?」
またなにか、変な世界の扉が開かれた。
衝撃のあまり、ミツルは言葉を失った。
「コゴロー先輩には、かわいい男子を紹介して、その男の子といい感じになってもらう。それを近くで見守るファンになるんです。あわよくば、合間に自分もつまみ食いされて、最終的に雑に扱われる。これって、最高だと思いません?」
「……思わない。なにそれ、気持ち悪い。もっと自分を大切にして、普通にお付き合いしな?」
「自分にとっては、これが普通っす」
感情の乗っていない正論は、彼女に響かなかった。
「エリカ=リタ・オヴェリス……」
抑揚のない低い声が飛んでくる。
振り返ると、コゴロー先輩が立っていた。
「サークルには入っているのか?」
リタは黙って、静かに首を振った。
「では、いつでも遊びに来るといい。来い。昼メシに行こう」
それだけ言うと、コゴロー先輩はくるりと広い背中を向けた。
「二人とも、遠慮なく、好きなものを食べるといい。今日も、鵜飼卯花のおごりだ」
その背中が語った内容は、あんまりかっこよくなかった。




