第71食 リタの正体
【帝都寛大大学】
躍動感あふれる力強い筆文字が刻まれた正門前。
暑さも和らぐ曇天の木陰の下、一組の男女と一人の女が顔を合わせた。
「えりりん!?」
「ノンノン!?」
ミツルが抱えていた不穏なものは、顔を合わせた二人が奏でる「ごきげんよう」のハーモニーのもと、秒で解消された。
「待て待て待て! あなたのどこに『えりりん』要素があるの?」
正直言って、ホッとした。
しかし根が真面目なミツルは、どうしても生じる矛盾が気になった。
そんな彼の問いに、リタはあっけらかんとした表情で答える。
「言ってませんでしたっけ? 自分、名前がふたつあって、外向きには『リタ』で、仲良くなった人には『エリカ』って呼んでもらってるんですけど」
「知らない!! なんだそれ!? 名前がふたつ!? 海外の人なの!?」
また始まった。
ノイチはニコニコと、愛するミツルの躍動を見守る。
一方で、リタは飄々と爆撃を続けた。
「そう……っすね。まあ一応、そういうことになりますね。本名は『エリカ=リタ・オヴェリス』なんで」
「オヴェリス!? どこの国の王女様!?」
「いくらノンノンの彼氏でも、さすがにそこまでは教えられないっす」
「王女様なのは合ってるんだ!? 怖い!! その辺に、お付きの人とか隠れてないよね!? これまでの数々の無礼をお許しください、殿下!!」
初対面で王女様の服の紐を緩めた男、真菜ミツル。
言葉の勢いそのままに頭を下げた彼だったが、その出生もおかしくないかと思い直し、すっと顔を上げた。
「いや、でも待って!? 確か、実家が『植木屋』って言ってたよね!? それは何だったの!?」
「そんなの、嘘に決まってるじゃないですか」
リタは小馬鹿にしたような笑みをミツルへと向けた。
「逆、逆! 逆なの! 普通は、王女様の方が嘘だから! なんでそんな嘘ついたんだ、このバカ!!」
打ち首確定、不敬罪。
本国だったら、おそらくそうなっていたであろう暴言で、ミツルはこの無駄な会話を締めきった。
ふふんと鼻で笑って、リタは旧友へと体を向け直した。
「ノンノンの彼氏って、面白い人だよね? いっつも笑いこらえるの、大変でさぁ」
「でしょ? 彼氏って言うか、旦那だけどね」
ドヤ顔で返すノイチ。
謎のマウント感を出す彼女に、ミツルは何も言えなかった。
「それにしても久しぶりだね、ノンノン」
「そうだね。3月に卒業して以来だから、半年ぶりくらい?」
――なわけねぇだろ、バーカ!! と思ったけど、大体合ってんな。もうすぐ8月かぁ……。
テスト明けの彼に、隙はなかった。
久しぶりに会った女子二人。
なにが始まるかは、言わずもがな。
――手持無沙汰、開始。
「どこまで進んでるの?」
「チューと、ちょっと仲良しするくらいかな」
恥ずかしいから、全部言うなバカ。
もっと言え。
「あのお堅いノンノンがチュー!? ほんとに!?」
「まあね。ミツルが可愛すぎて、どうしても我慢できなくて」
面と向かって、言われたことないけど……普段、そんなこと思ってたの?
「あぁ、わかるかも。でもなんか、二面性あるよね?」
「そう!! そこがいいの!!」
恥っず。
もしかして俺、いないことになってる?
二人で買い物行ったりすると、こういう状況によくなるんだけど、これって何なの?
知らないおばさんと、ずーっと喋ったりして。
で、俺は後ろの方で、股間に手を当てて待ってるだけ。
サッカーのPKみたいに。
サッカーといえば残念だったなぁ、ワールドカップ。
相手は、ブラジルだったっけ?
ブラジルといえば、巨大キリスト像があるね。
キリストといえば、大工の息子。
馬小屋で生まれて。
馬小屋といえば、厩戸皇子っていうのが、日本にもいまして。
さてさて、こんな連想ゲームしてるうちに、そろそろ会話も終わったかな?
「え!? 猫ちゃんも飼ってるの!? いいなぁ……」
「今度、遊びにおいでよ! こうしてまた会えたのも、何かの思し召しだろうし」
「えぇ? でも、二人の邪魔しちゃ悪いよ」
「大丈夫だって。おばあちゃんもいるんだし」
「おばあちゃんの前でも、イチャイチャしてるの!?」
「うん。もう、習慣みたいな感じになってきてるから」
ダメみたいですね。
それより、ノンちゃん?
俺たちは断じて、そんな乱れたことはしてませんよ?
どれのこと言ってるんだろう、この子は。
ばあちゃんが見てるときに、俺がそんなことするわけないし、させるわけもないじゃん。
どうしてそうやって、すぐ話を盛っちゃうの?
久しぶりに同級生と会って、テンション上がっちゃった?
いいよ、もっと盛りなさい。
それで家に帰って『話と全然違うじゃん』って、理不尽にキレてこなければ、いくら盛っても構わない。
……キレるだろうね。これ、たぶん。今日、家帰ったら。
ノンちゃんが勝手に作ったフィクションなのに、現実だと思い込んじゃって。
おかげさまで毎日がファンタジーですよ、秋風家は。
分厚い雲の向こう側で、人知れず夏の太陽が昇っていく。
三人がようやく正門をくぐり抜けた頃、その日差しは天辺に達していた。




