第70食 リタの謎
リタには謎が多い。
家に帰っても、ミツルは彼女のことを考えていた。
ノイチと同じ学校だったと言うわりに、交流をしている気配がないし、やたらと孤独をアピールしてくる。
そんなことを思いながら、ミツルは斜向かいに座るノイチの横顔を眺めた。
家にいるときは口を開けがちだけど、綺麗な顔をしていらっしゃる。
ノイチについては間違いなくそうなのだが、リタはもっと、どこか日本人離れしたような顔立ちをしている……ような気もする。
そのせいか、少々とっつきづらいところもあるが、いざ話してみれば、一人称は『自分』という……やっぱり、中身もとっつきづらかった。
もう、わからない。
考えれば考えるほど、ドツボにはまっていく。
それが人間関係だった。
――聞くか。
危険性は高く、機嫌を損ねる可能性は払しょくできていない。
それでも、ミツルにしては珍しく、リスクを顧みない勇気ある行動をとった。
「ノンちゃん、リタちゃんって知ってる?」
返ってきたのは殺気のこもった猛獣の眼差しだけだった。
――終わった。
ちゃん付けがまずかったか。
「誰、その女」
そう思う暇もなく、居間にはノイチが放った冷たいトーンの声が響いた。
ここで下手を打てば、命はない。
ミツルは目を細め、両手を開いて敵意がないことを彼女に伝えながら、慎重に言葉を紡いだ。
「中学か高校かは知らないけど、ノンちゃんとおんなじ『フェニ女』出身の人なんだけど……ほら、この前話した、サイドを刈り込んだ後輩の……」
「女の子の話?」
声に出してはいけない『女』という単語。
ルールをいち早く察知したミツルは生唾を飲み込んで、こくりと頷いた。
ノイチはまばたきすらせず、こちらをじっと見据え続けていた。
「……知らない」
「えっ!? 嘘だ!? 『ノンノン』って呼ばれてたんでしょ!? よく思い出して!? 怖いから!!」
ノイチも怖ければ、リタの存在も怖くなる。
ミツルは慌てて問い詰めた。
すると、彼女はピクリと眉を動かして、怒りで吊り上げていた目を少しだけ下げた。
「……どんな子?」
――助かった。
安堵から、ミツルは洪水のように情報を吐き出した。
「実家が植木屋で、自分のことを『自分』って言う、少し変わった子。ハーフか、わかんないけど、そういう海外の血が少し入ってるかもしれない。そんな顔立ち。リタ……っていう名前なんだけど、覚えてない?」
「……わかんないよ、そんないっぺんに言われても」
「ゆっくりいこう。ごめんごめん」
幸せとは、愛する人と息を合わせること。
最近になってその真理にたどり着いたミツルは、はやる気持ちを抑え、ノイチが覚えていそうな情報だけを、少しずつかいつまむことにした。
「リタっていう名前は?」
「知らない」
没。
「実家が植木屋さんっていう子はいた?」
「知らない。そういう話、クラスメイトとあんまりしなくない?」
没。
「髪型は? なんかこう……夏木マリみたいな、刈り込みベリーショートなんだけど」
「そんな子いないよ。高校のときは、みんな真面目な格好してたもん」
没。
「ハーフの子とかは? そういう子は、いた?」
「知らないけど、そういう子も、たくさんいたんじゃない?」
没。
「一人称は? 『私』とか、『うち』とかじゃなくて、『自分』って言う子はいなかった?」
「五、六人くらいはいたと思うけど」
――そこだけ引っかかるんかい! なんだ、それ! いすぎだろ、フェニ女!
「その中で、よく話してた子とか、いる?」
「あぁ……三年間同じクラスだった、『えりりん』っていう子がいたけど」
――ダメだ、名前が全然違う。でも、念のためにチェックしたい。
「卒アル、見して?」
「ヤダよ、恥ずかしいもん」
――はい、終わった。迷宮入りです。
ゴロンと仰向けになり、天井を仰ぐ。
清涼な畳の香りだけが、熱い気持ちを包んでくれた。
『えりりん』って誰。
リタは一体何者なんだ。
ぐるぐると巡って落ち着かない思考は、やがて一つの強行策を浮かび上がらせた。
「土曜日、空いてる?」
むくりと起き上がり、ノイチの顔を覗き込む。
そこにはもう、危険な色はなかった。
「デート? なら、空いてる」
「ではないけど……それは日曜にするとして!」
彼女の顔がムッとした表情に変わるや、ミツルは素早く言葉を変えて平穏を取り戻す。
続けざまに、思いついた案を打ち明ける。
「その前に、実際にその子と会ってみてくんない? このままだと怖いんだよね、俺」
嘘つきと交流しているかもしれない。
だったら気持ちの悪い、この交友関係は終わりにしたい。
「まぁ、いいけど。土曜?」
「うん……」
視線を落としたミツルは、リタの笑顔を思い出して、胸がチクリと痛んだ。




