第68食 お久しぶり! ハチャメチャ、ノンサーサークル!
強力なブレーキングを効かせたトラックが止まった先は、木漏れ日が揺れ動く帝寛大の隅だった。
賑やかな雰囲気とは一線を画した、静寂が広がるエリアには小さな池があり、そのほとりには古いプレハブが佇んでいる。
ドアが開く金属音が静寂を破る。
バタバタとステップを踏みつけて、車から降りてきたのは三人の男女だった。
「うわ、ホントだ! 蚊がすごい! ミツル、虫よけ虫よけ!」
「あ、俺がやんの? いいけど……スプレー、どこ?」
「心配は無用よ、真菜君! ハッカ油を使いなさい!」
「ウカウカ先輩……提案はありがたいんですけど、現物はどちらに?」
「ここにはないわ!」
「なんだ、おめぇ!!」
「ねぇ、ミツル、早くぅ」
「わかったから、スプレーの場所を教えなさいっての」
三人の騒がしい会話と、虫よけスプレーを噴射する音に混じって、小屋の扉が開かれる鈍い音が響いた。
そこから現れた一人の男が、ゆっくりとミツルたちに近づいていく。
「……待っていたぞ、真菜ミツル」
「コゴロー先輩、荷物いっぱいになっちゃうのわかってて、なんで俺たちだけ、買い物に行かせたんですか?」
「早速、小屋作りに取り掛かろう」
「ダメだ、この人。質問に答える気がねぇ」
呆れた表情を浮かべるミツルの横から、すっと顔を割り込ませたのはノイチだった。
「コゴロー先輩、リアルで会うの、お久しぶりですね」
「秋風ノイチ……息災か?」
「はい、ラブラブです」
今日は、大変だ。
確かめ合うように頷く二人を見て、ミツルは大きなため息をついた。
プレハブの裏側に回れば、池は目と鼻の先にある。
クワッ、クワッ、クワッ、クワッ。
その水面では二羽のダックが優雅に――
「いや、増えてんな!? なんで!? 一羽だけでしたよね!?」
泳いでいるのを不思議に思ったミツルは、コゴロー先輩の顔を仰ぎ見る。
「せっかく飼うんだ。一羽だけでは寂しかろう?」
「素敵な考えですね! そうじゃなくて、どういうこと!? わざわざもう一羽、買いに行って、増やしたってこと!? だから、買い物ついてこなかったんだ……アヒルなんて、この大都会東京の、どこに売ってたんだよ!!」
作業前なのに、体力ゲージが持っていかれる。
肩で息をするミツルに、コゴロー先輩は薄い笑みを向けた。
「一羽ではない。二羽だ」
池の端にある、高くなった葦をチラリと見る。
クワッ、クワッ、クワッ、クワッ。
泳いでいる二羽とは別に、大元の迷いアヒルはそこに姿を隠したままだった。
「なんか、魚臭いですね」
「餌を選んで、きれいな水を与えれば、少しはニオイも抑えられるらしいわよ?」
「へぇ! さすがですね、ウカウカ先輩!」
後方では、女子たちが勝手に盛り上がってくれている。
これをチャンスと見なしたミツルは、すぐさまアプローチをかける。
「さっさと小屋作っちゃいましょうよ、コゴロー先輩」
「いや。小屋はこっちで作る。キミは、アヒルの卵の回収を頼む」
「嫌だよ!! 昨日、くちばしで挟まれてるんだから、こっちは!! その役目、絶対俺じゃないでしょ!? そもそも野鳥の卵の回収って、勝手にやっちゃダメなんじゃないの!? 何考えてんの、アンタ!?」
「キミがアヒルに痛めつけられるのを、心待ちにしている層がいる」
「どこにそんな……」
需要があるんだ。
そう言いかけたミツルだったが、背後からビシビシと熱の入った視線を感じ取ってしまった。
「……とにかく、ダメ。法令遵守。卵の回収、しない」
モラルの鬼・ミツルは、絶対に一線を越えない。
「そうか。残念だが、仕方がない」
強い意思を宿す彼の瞳を見て、さしものコゴロー先輩も退かざるを得なかった。
「……ストリートファイトに興味は」
「ないですぅ」
と思いきや、しつこかった。
「毎年この時期になると、アメリカではホットドッグ早食い競争が」
「行ってくれば!? 一人で!!」
苦境に立たされたミツルを救ったのは、彼の女神である秋風ノイチだった。
「なんか、楽しいね!」
「どこが!?」
振り返ってツッコミを入れると、「ふっ」という笑い声が横から漏れ聞こえた。
「そうね。仲間たちで集まって……なんだか、とっても青春している気分になれるわ」
「こんな状況でときめけるなんて、アンタ普段、どれだけ暗い生活してるの!?」
「そういえば、私たちって、サークルじゃん! もうすぐ夏休みだし、四人でどこか旅行にでも出かけたら、もっと楽しいかも!」
「一切無視! 誰にも聞こえてないのかな、俺の声は!?」
「素敵な提案ね、秋風さん! 計画なら得意だから、私に任せておいて!」
「アンタが得意なのは、人体改造計画とかだろ!? 怖ぇよ!! 嫌だよ、その旅行!!」
「去年の水着……入るかしら」
「珍しく明確にボケてきたね、コゴロー先輩。なに、その突然の女子ノリ。海行くの?」
「ミツルは海と山、どっちがいい?」
「ガキの頃から海ばっか行ってたから、川だよ!! いいから早く、小屋作っぺよ!!」
結局、アヒル小屋が完成したのは、とっぷりと日が暮れてからになったという。




