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第63食 ラストナイト

 

 自宅お泊まり会、五日目の夜。


 夕食も終え、ひと風呂浴びてきたミツルは、居間へと舞い戻る。


 いつものテーブル、いつもの位置に座り込めば、猫が乗ってくる。


 それを撫でてやりつつ、脇に目をやれば、可愛いギャルがなにやら真剣な面持ち。


 邪魔する気はないが、こんなときに限って、構ってほしい気持ちがちょっと湧く。


「明日、ばあちゃん、何時に帰ってくるの?」


 翌日から始まる休日によって、心に余裕が生まれたミツルは、遅まきながらこの家に住まわせてくれた恩人のことを気に掛ける。


「夜だよ」


 恩人の孫娘・秋風ノイチが、スマホの画面とにらめっこを続けつつ、しっかり応えてくれる。


「夜かぁ……」


 恩人・秋風ぼぎは、ご老体。


 今さらになって心配になってきたミツルは、もう少しだけ詳細を探ることにした。


「そういえばさ、四泊六日って、どこに行ってるの?」

「ラスベガス」

「ベガス!?」


 すごい敬老会もあったものだ。


 しかし、凄腕現役パチプロ師でもあるぼぎには、うってつけの旅先。


 妙に納得したミツルは、必要以上に気に病むのをやめた。


「なんか、歓迎のごちそうとか、そういうの作るの?」


 その代わり、労わる心が生まれていた。


「うん……だから今、AI使って、なに作ったらいいか考えてる」


 人工知能。


 埼玉での検索AIに、昨夜の音声アシスタント。


 自信満々に間違った挙動を見せつけてくる、やつらの面の皮の厚さが脳裏をよぎったミツルは、不安げに尋ねた。


「大丈夫なの、それ?」

「なにが?」


 おとぼけノイチはキョトン顔。


 愛する者を守るため、ミツルは強硬策に出る。


「ちょっと見してみぃ、それぇ!?」


 勢いよく立ち上がり、ノイチのスマホに顔を近づけるミツル。


「ナーン!?」


 その被害を最初に被ったのは、彼の膝の上で丸まっていた愛猫、カフェオレ大福もち丸だった。


「ヤダ、ちょっと……やめてよ、えっち!」

「あっ!?」


 憐れ、ノイチに弾き飛ばされたミツルは、お姉さん座りで茫然自失。



 ――言うほど、えっちだったか?



 彼らしい反省もそこそこに、次なる作戦に打って出る。


「梅干しとかが、いいと思いますぅ!!」


 大声。


 あんなポンコツ相手に負けたくないミツルは、人類最古の技術で対抗する。


「へぇ……ミツルもおんなじこと言うなら、採用しよっ」


 意外な一致を見せた、人類最古と最新鋭。


 ノイチは彼に向かって、感謝の投げキッスを飛ばした。



 ――そっちのほうが、よっぽどえっちじゃん。



 彼女の何気ない行為が、燻っていた彼のスケベ心に火を点けた。


 知識でAIを上回って、好きな女の子にかっこいいところを見せたい。


 意を決し、再び立ち上がったミツルは人差し指を額に当てる。


「……お寿司なんかは、いかがですかぁ?」


 味の濃い、アメリカンな食べ物には辟易としているはず。


 舌に残る異国料理をさっぱりと洗い流してくれる、それがSUSHI。


 それに、なんと言ってもアメリカはカリフォルニアロールの本場だ……それは関係ないか。


 さあ、どうだポンコツ君。


 最後のノイズを含めて、こんな考え、キミには出力できないだろう?


 他の誰かを頼るしかない、人間界であれば恥ずべきお前の能力、見せてごらんなさい。


「すごぉい! またおんなじこと言ってる! ミツルって、頭いいんだね?」


 違う。


 引き分けでは意味がない。


「……うどん」

「え?」

「いや、出汁! お味噌汁と、普通に炊いた、白いごはん! 普通にっつっても、アレだよ!? ばあちゃん仕様の、フヤフヤの!!」

「ちょっと……すごいんだけど、ホント! AIも『ご高齢なら、消化に良いお粥や、柔らかめに炊いたお米がおすすめです』って言ってる! さすが、ミツル! おばあちゃんのことよく分かってるし、AIと同じくらい賢いんだね!」

「なんでそっちのAIだけ、ちゃんと動くんだッ!!!」


 ガチギレしたミツルはノイチに背を向け、どかりと胡坐をかいた。


 それは行動で示す、敗北宣言でもあった。



 やっちゃった。



 かっこいいところを見せたかったのに、これでは正反対。


 眼鏡をかけた、テストで万年零点を取る某小学五年生のように、ミツルは静かに反省する。


「ナーン……」


 慰めるように、猫が膝に乗ってくる。


「ナーン!?」


 と、思いきや、すぐさまどこかに行ってしまう。



 ヒヤリ。



 冷たい感触が頬に当たった。


 振り向くと、缶チューハイを手にしたノイチが、小悪魔のような笑顔を浮かべていた。


「……ごめん」


 缶を受け取りながら、謝る。


 彼女は黙って首を横に振り、居間の隅に畳んでいた布団を敷き始めた。


 隙間もなく敷き詰めた布団の一つに座った彼女は、トントンと横に空いたスペースを叩いた。


 よく訓練された、犬のように従う。


 拳ふたつ分開けて隣に座ったが、彼女はぴたりと体を寄せてきた。


「明日は、お味噌汁だけ作るから、お寿司買いにいこっか?」

「……うん」


 いつもの会話がありがたかった。


「ミツルってさ……」

「うん?」

「女の子のいる飲み会とか、いったことあるの?」

「あるけど……そんなには経験ない、ね」


 正直に打ち明ける。


 ウカウカ先輩との出会いこそ、そういう場だったが、基本的には飲み会自体に誘われない。


「ふーん……」


 ちょっとだけ、ノイチが声のトーンを低くさせた。



 ヤバい。


 今日はケーキを用意していないから、怒らないでほしい。



「そういう子たちと、仲良くなったとか、する?」

「ないないない。女子とは喋らないから。ウカウカ先輩みたいな変な人でもない限り、相手にもされないし」

「だと思った!」



 うるさいな。じゃあなんで聞いてきた。


 でもまあ、いいか。


 下手なことは言わない、逆らわない。


 今日のところは、それで平穏を保とう。



「最後の夜だね?」

「……うん」

「じゃあ、いっちゃって?」

「……うん」


 プシュッと缶を開け、中身を一気に飲み干す。


 おやすみ、ミツル。



 そして――。


「気持ちよくなってきた?」

「……はい」

「じゃあ、質問です。ミツルは、誰のことが、一番好きですか?」

「ノンちゃんです」


 おはようございます、ミツル様。


 あとは猫もビビッて近づかない、激しく甘い時間をお楽しみください。

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