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第60食 降誕

 

 ――酒飲んじまえばいいんだ。



 自宅お泊まり会、二日目の夜。


 この日、ミツルが買ってきたのは、度数3%の缶チューハイだった。


 低アルコールとはいえ、普段酒を飲まない彼にとって、大冒険の試みである。



 ――酒飲んで、ぐっちゃぐちゃになっちゃえば、何もかも乗り切れる気がする。



 色々と理由をつけたがるミツルであったが、性欲の二文字が彼にとって最大の障害だった。



 ギャルは近い。


 寝ているときも、その事実は変わらなかった。


 なんか、隣の布団からゴロゴロ転がってきて、髪とか顔に当たるし、寝ているはずなのに意識あるのかっていうくらい、しっかりと手を握ってくる。


 このままだと、ぶっちゃけ、襲っちゃう。


 でも、実際にそれを行動に移したら、犯罪成立。



 ぶっ飛ばせ、性欲。



 このスローガンのもと、ミツルは缶を開け、一気にその中身を煽った。


「ミツル、大丈夫? 顔赤いよ?」


 ぴとり。


 柔らかくて冷たいノイチの手が、頬に触れる。


 それどころか、彼女は顔の熱を冷まそうと息を吹きかけてきた。



 ――いい匂いすぎるって。



 作戦失敗。


 ぐちゃぐちゃに打ち鳴らされたのは、彼の心にある暴れ太鼓だけだった。


「ノンちゃん?」


 呼んだ。


 昨夜、あれだけ渋っていたミツルが、普通に呼んだ。


「なぁに?」


 希望が叶ったノイチは、当然ご機嫌な笑顔を向ける。


「あんまり距離が近いと、おかしくなっちゃうから、少し離れて、今日はゲーム楽しもうか?」


 真菜ミツル。


 チューハイ一本で酔っぱらってしまう彼だったが、酔うと本音を吐き出すタイプである。


「おかしく、って……どうなっちゃうの?」

「あぁ……もう、わかんない」


 ただし、発声や言語処理を司る脳機能の働きは鈍くなるため、流暢な愛の言葉は期待できない。


 つまりは――


「でも、私が離れたら、寂しいでしょ?」

「うん、さびしい」


 こういうことである。


 乗りこなせるか、秋風ノイチ。


 今、彼女の手腕が問われる。


「…………」


 真っ赤になっている場合ではない、純愛ロボットは自律式。


 すでに動き出している。


「だから猫を入れます」

「ナーン……」


 手繰り寄せたのは、横幅30センチ。


 秋風家の愛猫、カフェオレ大福もち丸が二人の間にみっちりと挟まる。


「これでさみしくない。しかも、かわいい」


 セッティングを終えても、ミツルは手を止めなかった。


 普通の猫ならば嫌がる、お尻から首にかけての逆さ撫でを、カフェオレ大福もち丸は喉を鳴らして受け入れる。


「わ、私は?」

「かわいいです」


 やってくれたぜ、秋風ノイチ。


 これで操作は完璧か?


「…………」


 が、痛恨の赤面。


 いちいち自爆をしていては、キリがない。


 どうする、ノイチ。



 そっか。


 私も、お酒飲んじゃえばいいんだ。



 ミツルと同じようなことを考えついた彼女は、彼の目の前にあった缶へと手を伸ばす。


「イタッ!?」


 だが、ぴしゃりと手を叩かれ、払いのけられる。


 彼女の手を打ったのは、もちろんミツルだった。


「ダメです」

「なんでぇ?」

「お酒は、満20歳になってから」


 秋風ノイチ、19歳。


 そのアルコールデビューは、ミツルと法が許さなかった。


 ばつの悪い表情を浮かべ、彼女は赤くなった手の甲をさする。


「ごめん。痛かった?」


 心の声をそのまま出す、ミツル。


「いたぁい」


 いつもの調子で、ノイチは大げさに痛がった。


 すると、不器用であり、優しくもある、温かい手が伸びてきた。



「……ごめんね?」



 その目は半開きで、背には後光が差していた。


 片手でノイチの手を支えながら、もう片方の手で赤くなった部分を労わってくださる。


 ミツル様、誕生。


 このありがたい存在に、身も心も骨抜きにされたノイチはパッカーンと口を開け、小さく首を振るのが精いっぱいだった。


「この手には、何度も、助けられています。いつも、ありがとうね?」


 ミツル様のありがたいお言葉に、またしても首を振るノイチ。


 そして説法が始まる。


「でも、寝るときは、指輪を外しなさい?」

「……な、ぜ?」


 危うく敬語が出そうになったが、ギャルマインドで踏みとどまる。


「朝は、むくむものです。それで、取れなくなっちゃったりしたら、危ないでしょう?」

「……ミツル様ぁ」


 ギャルマインド、決壊。


 こんな男を待っていた。


 見た目はガチで50点くらい。


 だけど、中身が最高。


 優しいけど、本当にダメなときはちゃんと叱ってくれるし、結婚して子供が生まれたら、いいパパになってくれそう。


 なにより、寝ても覚めても、こうして酒に酔っていても、自分のことを考えてくれている。


 そんなミツル様に、ノイチはメロメロ。


 昂ぶる感情に任せ、彼女はミツル様へとダイブをかます。


「ナーン!?」


 その勢いに、猫も緊急避難。


 押し倒しざまに、居間に響いたのは、湿ったリップ音だった。


「あっ……あぁ……」


 可愛くもだえる、ミツル様。


「んふふ」


 一度溢れた気持ちは止まらない。


 ノイチは、何度も、何度も、容赦なく唇を重ねる。


「あぁ……」


 逃げ場のない快楽の波が、ミツル様を襲う。


「ZZZzzz……」


 ミツル様、ビッグウェーブで、御入滅。


「……バカ酔っぱらい」


 身を起こしたノイチは、ガッカリ半分、しかしどこかやりきった表情でペロリと唇を舐めた。


 いたずらな笑みを取り戻した彼女は、もう一度、その身を沈めていった。


「ナーン……」


 信じらんねぇ!


 遠巻きに二人を見つめるカフェオレ大福もち丸の顔は、そう言っていた。

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