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第59食 ファーストナイト

 

 そんなこんなで迎えた、一日目の夜。


 お菓子にジュース、夜食用のカップ麺からアイスクリームまで買い込み、


 秋風ノイチの気の赴くままに開催された、四泊六日の自宅お泊まり会。


 お気に入りのナイトウェアに身を包んだ彼女は、ご機嫌にゲームソフトを提示する。


「じゃん!」



 ――かわいい。



 差し出されたのは、わざわざ最新ゲーム機でやるもんじゃない、二人協力プレイ型のレトロゲーム。


 しかし、ミツルに文句なんてなかった。


 ただし、不安は付きまとっていた。


「ちなみにその、ゲームソフトはどうやって入手したの?」

「ウカウカ先輩にもらった!」



 ――ダメじゃん。



 反社しかり、ウカウカ先輩しかり。


 世の中には、借りを作ってはならない人種がいる。


 身をもってそれを知っているミツルは一日目にして、心に影を落とした。


「ノイチさん、それはちょっと……」

「ミツルは、そんなこと言わない!!」



 ――なに? 今度は。



「なんか言った、俺?」

「……名前」

「あん?」

「『ノンちゃん』って、呼んで?」



 ――そんな恥ずかしいこと、できっか!



「勘弁してくれ」

「泣くよ?」



 ――どうした、急に、今日。でも、泣かれるのは嫌。



「……家の中だけでも、いい?」


 ミツルの苦渋の提案に、ノイチは口を尖らせて俯く。



 ――ダメだったか?



 と思いきや、満面の笑みがこちらを向く。



「いいじゃん!! 逆にそっちがいいかも!!」


 音がするほど強く、バッシバシに肩を叩かれるミツル。


「……そうですか」



 ――痛い。けど、セーフ。いや、でもダメだ。やっぱ、アウト。俺、これから『ノンちゃん』って呼ぶの? 恥ずかしいから、なるべく呼ばないようにしよう。



「それで、今日やるゲームはどんなゲームなの?」

「あのね、ノンノンとチャンチャンを操作してよっちゃんを倒す、っていうゲームなんだって!」



 ――呼んじまうべよ、そんなゲーム!



「じゃ、遊ぼう! ん!」

「ん?」


 パッケージを両手で差し出し、ぴょこぴょこと小刻みに体を揺らすノイチ。


「入れて!」


 違う意味とはわかっているものの、健全な男子大学生のミツルは、金属バットで殴られたような衝撃を受ける。


「……俺がセッティングするのね」


 今宵のノイチは、やたらと仕掛けてくる。


 これは大変なことだと、世の恋愛上手な男子たちに対する偏見を改めながら、ミツルはゲームの準備を完璧にこなした。


「では、ノ……えー、そっちが1P。俺が2Pで、始めていきましょう」

「いえーい! ミツル、チャンチャン!」

「俺が青! そちらは赤!」


 ミツルには、無理やりに防衛線を張ることしかできなかったという。



 ゲーム開始。



 中世ヨーロッパを思わせる街並みが、見下ろし型のマップとして表示される。


 しばらくすると、画面中央に配置された建物の扉から、可愛らしくデフォルメされた赤と青のキャラが出てきた。


「おぉ! 思ったより鮮やかで、なんか楽しそう」

「ね? ねぇ、チャンチャン。これって、どうやって動かすの?」

「俺をキャラ名で呼ぶな」

「どうして?」


 誘導と誘惑とゲーム。


 これらがいっぺんに襲い掛かってきたミツルは、パニックを起こす。


「……さびしいから!」


 ゲームオーバー。


 やり取りをしている間に湧いて出た敵キャラにぶつかって、両キャラはほとんど同時に命を落としてしまった。


「ねぇ、ミツル……今、なんて言ったの?」

「お腹減んない!?」


 早くも追い詰められたミツルは大きな声で食い気味に、話題を変える作戦に出た。


「うん。カップラーメン作ってくるね? ミツルは?」

「いらない」

「わかった! ちょっと待っててね?」


 思惑通り、燃費の悪いノイチはキッチンへと姿を消してくれた。



 お泊まり会をナメていた。


 これはえらいこっちゃ。


 いろいろと、集中ができない。


 ゲームもクソゲー。


 一発アウトは厳しすぎるし、なんだよ、『よっちゃん』って。


 中世ヨーロッパなのに、なんでそんな和風の名前のやつがいるんだよ。



 半ばやけになって、ミツルはゲームの説明書を熟読した。



 三分後。



「じゃん!」


 差し出されたのは、湯気の立った大きなカップ麵。


 何を思ったのか、そして何を聞いていたのか、彼女はミツルの分も作って戻ってきた。


「話、聞いてた? 俺、いらないって言ったよね?」

「でも、ビッグだよ?」


 余計、意味がわからなかった。


 奔放もここまでくると、笑ってしまう。


 いらないといった人間に、わざわざ一回り大きいサイズのカップ麺を作ってくる。


 そんな女、秋風ノイチ以外、この世のどこにもいやしない。


「乾杯しよ?」

「はいはい……」


 白いプラスチックの容器を杯に見立て、気づけば仲良くシーフードラーメンを啜っている。


「ナーン……」


 匂いにつられ、寝ていた猫も起き出す。


 コントローラーを1ミリも操作していない夜が、ゆっくりと更けていく。


「そっち、美味しそう。一口交換しよ?」

「だから、おんなじ味だって言ってっぺよ!!」

「あはははは! お泊まり会、楽しいね?」

「……うん」


 それだけは間違いなかった。


 結局、一日目の夜は、日常の延長からは脱しきれなかった。


 しかし、そこは男と女。


 次の晩には、急展開を迎えるというのが、世の常である。

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