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第52食 ワニワニ、アリゲーター!

 

「いいんですか、先輩? こういう状況とは言え、一応、ここって、いわゆる」

「いいから、早く入りなさい」


 人生初のラブホテル。


 カメラと携帯端末で両手がふさがっているウカウカ先輩に体当たりされ、真菜ミツル、おどおどの入城である。


 目隠し用の壁を回り込み、さらに目隠し用として垂らされた暖簾をかき分けた先にある扉。


 そこをくぐれば、過剰に豪華で居心地の悪いインテリアが二人を出迎える。


 人工的なローズの香りと、耳の閉塞を感じさせる特有の静寂に、ミツルは唾を飲み込んで対抗する。



 ――これが、ラブホテルか。絨毯、やわらけぇな。でも、なんでこんなに、薄暗いの? 悪いパチスロ屋さんみたい。



 《第二ステージへようこそ、ミツル君!》


 突然の大音量にビクッと体を硬直させる二人。


 館内の至る所に設置されたスピーカーから、闇野イルカの生音声が流れた――


「今、先輩もびっくりしてたでしょ?」

「ちょっと、やめてよ、もう……」


 のだが、二人は大学生特有の身内ノリを展開させてしまう。


 《――コホン。続いてのステージは『ワニワニ、アリゲーター!』。恐怖のトラップをかいくぐって、上階を目指せるかな!?》


「ワニって、三回言ってるだけだな!? どうせ出るんでしょ!? ワニが!! そこのエレベーターとかから」


 ミツルが指差した、ちょうどそのタイミングだった。


 突き当たりにある、ゴージャスな色彩を放つエレベーターの扉が「チーン」という音を立てて開かれた。



 体長788cm、体重1790kgジャスト。



 開かれた扉の先にいたのは、大口を開けたナイルワニだった。



 ――重量オーバーで動かねぇだろ、普通!!



 ヤバいと思う前にツッコミを入れ、ついでに体が動き出す。


 踵を返したミツルはウカウカ先輩の手首を握って、まさかの退城。


 背後からは、巨大な鱗が床を擦る、重量感のある音が迫っていた。



 ――イヤイヤイヤイヤイヤイヤ!!!! 食われるって!!!! 何考えてんだ!!!!



「いいわよ、真菜君。でも、私の手首からは手を離した方がいいかも」


 必死の形相で逃げるミツルにカメラを向け続けるウカウカ先輩は、落ち着いてアドバイスする。


 すでに彼には、撮影者にすぎない彼女に対して嫉妬する民が湧くほどのファンがついていた。


「うるっせぇ! イカレ女が! ちょっと黙ってろ!」


 ホテルの外に飛び出してみたものの、目の前にあるのは目隠し用の壁だけ。


 ミシッミシッ、とリズムよく地面を鳴らす殺人ワニは最高速度に到達する。


 時速40km。


 生臭い湿った風が近づいてくる。


 その距離70cm。


 どうする、ミツル。


「……舌、噛むなよ?」

「ちょ――」


 時間にしてわずか0.06秒。


 くるりと踵を返した彼が決めたのは、先輩の手首を握ったままの『デス・スライディング』だった。


 地面に滑り込み、ホテルの出入り口側にある壁へと身を隠す。


「!?」


 標的を見失い、スピードを殺しきれなかったワニは、そのまま真っ直ぐ目隠し用の壁に大激突。



 ドガァァァン!!



 コンクリート製の壁に、自らが空けた穴。


 そこに頭を挟まれたワニは、身動きが取れなくなっていた。


「……おぉ、まだ動いてら」


 安全第一。


 身を起こしたミツルは、尻尾を振ってジタバタとしているワニを警戒し、そそくさとラブホテルに逆戻りする。


 もちろん、ウカウカ先輩も一緒に。



 《アメイジング!! 第二ステージ突破、おめでとう!! その勢いで、私のドリーミングルームまで来ることを期待しているよ!!》



 館内に入るなり、イルカによる一方的なアナウンスが流れたと思いきや、プツリと切られた。


「これ、いけそうだな」

「真菜君? あなた、何をやってるの?」


 ミツルが立っていたのは、巨大ワニが出てきたエレベーターの前だった。


 一般人である彼の考えは当然――


「いや、これ使って、最上階まで行くんじゃないですか?」


 である。


「……その発想はなかったわ」


 しかし、エンターテイナー側にとっては、前代未聞の提案。


 せっかく用意した他のステージを飛ばす、ショートカット行為に他ならなかった。


「普通、そうするでしょ。勉強のし過ぎで、頭おかしくなっちゃったんじゃないですか?」

「何を言ってるの。視聴者も、あなたの柔軟な思考に驚いているわよ?」


 ミツルの後に続き、エレベーターに乗り込んだ彼女は携帯端末を向けた。


 しかし、彼が覗き込んだのは逆の手。


 ウカウカ先輩が向け続けている、カメラのレンズの方だった。


「お前らも、おかしいからな!? ちょっとは外に出ろ!! 家に閉じこもって、こんなのばっか見てるから、頭おかしくなってんだよ!! 近所にきれいな砂漠とか、あるんでしょ!? そっちの事情、知らないけど!!」


 まさかの説教を始めてしまったミツル。


 コメントが荒れないか、心配になったウカウカ先輩は端末に目を落とす。


 が、そこには予想とは正反対の、好意的なアラビア文字の数々が流れていた。



 真菜ミツル。


 このとんでもない逸材を、どうしましょう。



「……うちの砂漠に遊びに来て、って。そう書き込まれてるわ」

「うちの砂漠ってなんだよ!? 砂漠って、所有できるもんなの!? 行かねぇよ! お前が来い! ……いや、やっぱ来んな! 本当に来そうだから!」

「あはは」


 アラブのお姉さま方にも負けない、ミツルに対する飼育欲が芽生えてしまったウカウカ先輩は明るい将来を妄想し、ほくそ笑みながら最上階のボタンを押した。

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