第50食 風雲! イルカ城
台風がかすめる関東地方。
今にも大雨が降り出しそうな八王子ではこの日、瞬間最大風速27m/sが観測されていた。
緑に萌える山々が強風にうねる中、その城は堂々と存在していた。
淡いブルーの軽自動車から降りて早々、ミツルは居心地が悪くなる。
彼はためらいがちに、隣に立つウカウカ先輩へと尋ねた。
「城って言うのは、もしかして……」
「ええ。これが、闇野イルカの持ち城よ。今日、あなたに落としてもらう予定の、ね」
闇野イルカ。
その名を耳にしたミツルの表情は、八王子の空模様くらいどんよりとした。
「イルカ様の……」
ぽつりと呟いた彼は、そびえ立つ絢爛な城に視線をやる。
ひときわ高い主塔はバルコニー付き。
左右には、メルヘンチックなとんがり屋根の尖塔も展開されている。
窓はどれも小さく、出入口は垣根や塀でうまく囲われていて、よく見えない。
植え込みに設置されているアッパーライトが、せっかくの白い壁面を妖艶に照らしてしまっている。
ラブホテルだ。
いや、そんな馬鹿な。
もう一度、視線を主塔へと向けてみる。
バルコニーの屋根に掲げられた鮮やかな青い看板には、なにやら文字が書かれている。
【ホテル・ドルフィン】
ラブホテルだ。
気まずいし、結局ヤバい匂いしかしない。
ミツルは、すう、と大きく息を吸った。
「売上金を……『叩く』感じ、ですかね? そのぉ……」
高収入のホワイト案件。
またの名を『叩き』と呼ばれる、闇バイトの一種だ。
そう思ったミツルは、どう断ったものかと、だがその場合『落とす』というのはどういう意味になってくるのか、大混乱に陥りながら先輩の顔を覗き込む。
彼女は弄っていたタブレットをしまい込むと、不敵な笑顔を向けた。
「大丈夫よ。せいぜい建造物侵入程度だから」
「それも立派な犯罪なんですよぉ?」
「心配しないで、真菜君。検察も警察も、私たちのいいなりだから」
「その話が本当だとしても、怖いの。逆に。俺は何に巻き込まれていて、あなたは何の組織の人なんですかぁ?」
「言ってもいいけど、聞きたい?」
「いいえ」
安全第一。
真菜ミツル、渾身の即答であった。
「冗談よ」
そんな彼を笑い飛ばし、ウカウカ先輩は軽やかに続ける。
「報酬は、この前の指輪の代金。それと、あなたの奨学金の残高全額免除。最上階にたどり着ければ、それだけは約束できるわ。あとは出来高次第。最高報酬は取っ払いで百、ってところね」
「え? は? え? は?」
異常すぎる高額報酬に、ミツルの首は先輩と城を行ったり来たり。
やたらと金払いのいいウカウカ先輩の謎が解けた気もすれば、
中でどれだけの危険が待ち受けているのかという不安も襲ってくる。
安全第一のはずだったミツルの心は揺らぎに揺らいで、ついでに持病のめまい由来で傾き倒れそうになった。
額に手を当て、目を閉じれば、瞼の裏で秋風ノイチが笑っていた。
熱い心を思い出したミツルは、パッと目を開き、先輩の顔を見つめた。
「その……犯罪じゃないんですか?」
答えはすぐに返ってくる。
「心配性ね。冗談って言ったじゃない。それに、あなたの意思はもう関係ないわ。予約を入れちゃってるから」
「予約? カラオケか、何かのお話ですか?」
おふざけはそれまでだ。
そう言わんばかりに風が凪いだ。
瞬間――
「久しぶりだな! ドクター鵜飼!」
落ち着きと色気を兼ね備える、その声は響いた。
同時に城を見上げる二人。
主塔の天辺には男が立ち、こちらを見下ろしていた。
「はははははははははーっは!」
超ロングのオールバックに輝く、黄金色のメッシュ。
高級スーツに包まれた、僧帽筋が盛り上がった体。
遠く離れていても、圧倒的な存在感を放つ男。
城主・闇野イルカ、その人である。
「あ……あの!」
お久しぶりです。
いや、そんなことより、どうやってそこに立ったんだろう。
心境と状況が複雑に絡み合ったミツルは言葉に詰まってしまった。
「やあ! 久しぶりだね、真菜ミツル君! 昨日の友は今日の敵! すまないが、今回は手加減なしで相手をさせてもらうよ!」
ミツルの全身から程よく力が抜けていく。
――ああ……なんか、話がついてるんだ。
それならもう、真面目に考えなくていいや。
そう安心したのも束の間、ウカウカ先輩がワンダーランドの進行を始めてしまう。
「油断しないでね、真菜君? 第一ステージは『バリバリ、バリボール』よ?」
「え?」
――なにそれ? ふざけてるの?
バリボール?
バレーボールでもやるの?
「あなたの戦いぶりは全世界に生配信されるから、最上階までしっかり頑張ってね?」
「は?」
チョリッ!
瞬間最大風速よりも早い、何かがミツルの眉をかすめた。
「熱っ!?」
何かまではわからないが、ホテル側から来た。
異常を感じた箇所を手で押さえながらも、ミツルはその軌道の先に何があるのかを確認した。
明らかな異物は、正面を塀が覆う出入口に置かれていた。
「あんたら、ジムにいた人たち!?」
全自動バレーボール発射マシンを操作していたのは、見覚えのある二人の男だった。
どちらもミツルの問いかけには答えず、一人はボールの設置、もう一人は照準を合わせ――
ドッ!
という音とともにボールを発射。
「あぶねぇっ!?」
ミツルが器用にかわせば――
バゴッ!
という音とともに車がへこむ。
「先輩の車ぁ!!??」
「大丈夫、保険が下りるから」
心配するミツルをよそに、ウカウカ先輩の手には最新鋭の小型軽量アクションカメラが握られていた。
「そんな保険会社あるか!! なんて言うの、あんた!? 『ちょっと、バリバリ、バリボール食らっちゃいまして』って報告するの!?」
「いいわよ! そのツッコミ! 中東の方々に大ウケしてるわ!」
そうこうしている間も放たれる、超高速弾丸バリボール。
「あっぶねぇ!!」
人生というバリボールを受け流してきたミツルは、難なくこれも避ける。
「こんなの、やってられっか!! 帰る!! 俺は!!」
「そう。じゃあ、指輪は没収ね。秋風さん、悲しむんじゃないかしら?」
「行ったるわ!!」
覚醒なるか、真菜ミツル。
まず突破を目指すのは、第一ステージ『バリバリ、バリボール』だ。




