第49食 台風、カプセル、カレー、台風
「台風、平気だったかしら?」
「全然。いつも通り、東京はそんなにって感じです」
――分析開始。
はい。
まず、でっけぇカプセルが二つですね。
これに俺が入れられて、反対側に入れられた犬とかと入れ替えられちゃう、とかかな?
三十万とんで三千円。
体で払うとなると、それぐらいのことはされても不思議ではない。
この先輩、ダントツで頭おかしいから。
あとなんか、カレー臭い。
研究室って、こんなにもスパイシーな香りであふれているのが普通なの?
皆さんご存じ、全国トップシェアを誇るチェーン店の『ソコハチ』のカレーがふたつ、机の上に置いてあるけど。
これもまた、なにかの実験材料なのかしら?
「ところで今日は、なにをすればいいんですか?」
「まだ少し早いから、かけて待っててくれる?」
かけるって、カレーを?
そんな客見たことなければ、会ったこともない。
本場インドでも、そんな風習はないと思う。
あったとしても、失礼な行為にあたりそう。
やめときましょう。
かけるのは椅子。普通に椅子。
それにしても、美味しそうなカレーだね。
この白いプラスチック容器からは想像もつかないほど、食欲を刺激する匂いが放たれてる。
ちょっと食べたいかも。
カッコつけすぎて、朝ごはん食べてくるの忘れちゃいましたから。
「何やってるの? 遠慮せずにかけなさい。カレーを」
「え?」
カレーの方で合ってたわ。
なんか恥ずかしい。
座って恥ずかしいことなんて、あるんだ。
「あ、そうっすか。コレ……あの、コレ、え?」
「秋風さんから聞いているわ。お肉のカレーが好きなんでしょう? キーマを選んできたから、あなたはそっちを食べなさい」
「あ、おぉ……ごちそうさまです」
変な、鳴き声みたいのしか上げられなかった。
緊張してるの、俺?
そりゃあ、緊張しているさ。
それに対して、余裕の笑顔を浮かべる先輩。
普通にしてれば、めちゃくちゃ美人。
「先輩のトッピング、なんですか、それ?」
「ごま油ポテト」
やっぱ変な人。
数あるメニューの中で、それ選ぶ?
「ごちそうさまでした」
食べるの早ぇし。
いただきます、はどうした?
それにしても、なぁんでノイチの中で、俺が肉のカレー好きっていう設定になってるんだ?
一緒にインドカレー屋さんには行ったことがあるけど……あの時は、そこまでの肉カレーでもなかったはず。
「美味しかったんでしょう? 秋風さんのカレー」
「え……あぁ!!」
あったわ!
一回だけ、カレー作ってくれたことがあった!
ノイチが『冷凍庫のスペースを空けたい』って言い始めて、『じゃあ適当な素材入れて、煮込みかなんか作れば?』って俺が言って、冷凍肉全部入りカレーを作ってくれたことがあった!
ひき肉とササミが一キロぐらい入ってるやつ!
これが、この世のカレーの中で一番美味かった!
美味すぎて、三杯食ったんだから!
何だったんだ、あの美味さは。
二度と口にできない、奇跡のカレーだよ。
そういうの、多いね。
同じ味の再現が不可能な、一回こっきりの絶品料理。
これって、家庭料理あるあるなのかな?
「秋風さん、どんな些細なことでも、嬉しそうに話してるわよ? あなたのこと」
知らなんだ。
頑張らなきゃ。
三十万とんで三千円。
たとえ犬にされても、文句は言うまい。
カレーだけじゃない。
本当に、毎日毎日、お世話になってるから。
食洗器に食器をぶち込むだけぶち込んで『ミツルがスイッチ押さないから、乾いてないじゃん!』って、理不尽にキレてきたりもするけれど。
ウォシュレットの水圧についても『二に戻しといてよ! お尻が張り裂けちゃうじゃん!』って、怒ってきたりもする。
それは、俺が悪いか。
でも、ブーツは?
カビるから、ちゃんとやれって毎回言ってるのに、アイツはひとっつもやらない。
ポーンと放り出してるだけ。
しょうがないからブラッシングして、陰干しもしてやって。
……なんで俺がやってるの?
おかげで、詳しくなっちゃったよ。
俺は履かない、ブーツの手入れ方法。
ぬいぐるみにしてもそうだよ。
なんかわからないけど、集めるだけ集めて、消毒もしない。
しゃあないからホコリとって、ちゃんと洗える素材か調べて、洗って、よく乾かして。
……なんで俺がやってるの?
おかげ様で、我が秋風家のぬいぐるみは、赤ちゃんの口に入れても大丈夫な、清潔な状態を保っております。
「冷めないうちに、食べちゃいなさい」
「いただきます」
――うまい。
スパイシーさの中にあるフルーツの甘味。
大鍋で作っているからか、コクだってある。
だけど、圧倒的に何かが足りない。
なるほど。
俺にとっては、ノイチのカレーが世界一ってことだ。
ちゃんとしなきゃ。
真菜ミツル、ウカウカ先輩に立て替えてもらった指輪の代金、きっちりとこの体で支払いたいと思います。
「ごちそうさまでした。じゃあ、そろそろ本題をお願いします」
矢でも鉄砲でも来い。
今日の俺は最強だ。
なんたって、愛のカレーを思い出せたのだから。
この無限の力があれば、台風だって跳ね返せる。
かかってこい、鵜飼卯花。
貴様の無理難題、見事に受け切ってやろう。
「今日はあなたに、ひとつ、城を落としてもらうわ」
――無茶言ってんじゃねぇ、このバカ!!




