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第46食 栄光のジュエリーショップ

 

 通報するか。


 レジの店員がそう決意する、境界線ギリギリの出来事である。


「ぐはぁっ!?」


 鵜飼卯花が放った二十六発目のボディーブローが、ミツルに伝票を離す決意をさせた。


「ご……ごちそうさまです」


 苦悶の表情を浮かべ、熱を持ったわき腹を押さえるミツル。


「いいのよ、これくらい」


 長い髪をかき分け、得意げに笑みを浮かべるウカウカ先輩。


「すごいですね、二人とも。お会計ひとつでこんなに笑ったの、初めてですよ!」


 胸の前で両手を組み、表情を弾ませるリタ。


「じゃあ……行きましょうか」


 一応の先導をしたミツルは、二人を連れて店から立ち去った。


「あ、ありがとうございましたぁ……??」


 あまりにも毛色の違う三人組を見送る店員は、困惑するしかなかったという。



 店を出た、直後。


「次、ホルモンラーメン、行きません?」

「行ってもいいけど……そんなに食べられるの、あなた」


 リタの突拍子もない提案に、ミツルは慣れた様子で応対する。


「あっはっは! 今すぐじゃないですよ! 先輩、ノンノンに引っ張られすぎ!」


 図星を突かれたミツルは、気恥ずかしさをツッコミに変えて、心の中で咆哮する。



 ――だったら『次』じゃなくて、『今度』って言え!! このバカ!!



「順調なようね?」


 赤面するミツルを見て、ウカウカ先輩は満足げに微笑んだ。



 ――何がだよ!?



 この人が来てから、もうめちゃくちゃ。


 レジ前ではボディーブローによって、リタへのお礼という道理すら奪われる始末。


 流されるままではいられない、とミツルは気合を入れ直す。


「あれ!? お姉さんたち、どうしたの!? そんなダサい男連れて!! つまらなそう!!」


 突如として目の前に現れたのは、東京名物『真昼間からのナンパ男』だった。



 ――あ。



 ミツルが身を案じたのも束の間、男のもとへ滑るように近づいていったのはウカウカ先輩だった。


 ニヤける男の顔を見上げた彼女の表情は、もっと卑しく笑っていた。


「ぎにゃぁぁぁぁ!!??」


 発砲音にも似た乾いた音と男の断末魔が街に響く。


 鋭く腹を打ち抜かれた男は、力なく地に伏せていった。


「さて、行きましょうか」


 颯爽と歩き出す、ウカウカ先輩。


「はい!」


 それについて行く、リタ。


「…………」


 足を止め、地面を見つめるミツル。



 ――いいか、流されて。



 明日は我が身。


 一瞬前までは元気だった、無謀なチャレンジャーに手を合わせ、ミツルは二人の美女の背中を追いかけた。





 三人が足を踏み入れたのは、デパートメントストア『蒼穹白虎・天』だった。


 化粧品やアパレルはもちろんのこと、地下には食品街などが展開され、多彩な部門を取り扱う老舗でもある。


「三倍の法則ですよ、先輩! 本命からのお返しは、貰ったプレゼントの三倍の額のものを用意するのが当たり前です!」

「なに、そのルール? なんか……勝手すぎない?」


 リタによって、この世の闇の一端を教えられたミツルは、強い拒絶の意思を見せる。


 ノリノリで先頭に立っていたウカウカ先輩は、鼻息荒く振り返った。


「腕時計の三倍と言うと、十二万円ね。どうかしら。婚前の……いえ、なんでもないわ。指輪なんかが、手頃に婚約……違くて、その……ピンクの石の使われたものなら、彼女もきっと、喜んでプロポーズを……いいから早く買いなさい!!」



 ――なんだ、この人!! 指輪を買うのは別にいいけど、そんな持ってねぇよ、俺。十二万も。



「提案はありがたいんですけど、あいにく持ち合わせの方が……」

「何を言ってるの、真菜君!? 行きましょう!! 栄光のジュエリーショップへ!!」

「ダメだ。この先輩、ぼっこれてる。話聞いてくんねぇ。リタ、止めろ」


 ついには鉾田言葉が飛び出すミツル。


 ウカウカ先輩に掴まれた腕を振りほどこうとしながら、後輩に助けを求める。


「私はウカウカ先輩に一票!」

「だから金持ってねぇっつってんだろ!? お前もぼっこれだな!?」


 リタにも腕を掴まれて、三人は喧しくも移動を始めた。


「大丈夫! お金なら私が払うから!」

「プレゼントの意味、わかってます!? 俺が買わなきゃ意味ないんですよ!!」

「本当、気持ちだけはあっぱれね! でも、先立つものが無くては、それも実現できないわ! ここは私に任せて!」

「なんかもう、全然意味がわかんないな、あんた!! 自分で自分の言ってること、理解できてる!?」


 喧騒とは無縁な宝石店が近付いてくる。


 ミツルは抵抗を諦め、なんとか折り合いをつける案を捻り出そうと、考えを巡らせた。


「……わかりました! それじゃあ、貸してください! なんとかして、返しますから!」

「却下ね。お金の貸し借りが発生してしまったら、人間関係は終わりだから」

「俺たちの関係なら終わってんだよ、もう!! すでに!!」


「えぇ!? なんですか、それ!? もしかして二人って、前に付き合ってたとか!?」

「うるっせぇ、バーカ!! お前は黙って神にでも祈ってろ!!」

「やだぁ! 知らなかったぁ! でも、大学の変わり者同士、お似合いだと思います!」


 そのままの勢いで店内へと雪崩れ込む三人。


 なにごとかと、ショーケースの向こう側で姿勢を正す店員。


 口火を切ったのはもちろん、ウカウカ先輩だった。


「ローズクォーツか、クンツァイトか、そのあたりの指輪を見せてくださる? サイズは八号で」

「は、はぁ……」


 女性店員によって、手早く取り揃えられた魅惑のジュエリーたち。


 ミツルはその中でも、美しく透き通ったピンク色の宝石に目を止めた。


 リングは金色に輝いているのに、品が良い。


 それまで騒いでいたのが嘘のように黙りこくる。


 彼の頭の中は、その指輪をしたノイチの姿でいっぱいになっていた。


「気に入ったのね? 私もいいと思う。すみません、これってちなみに、おいくらですか?」


 ウカウカ先輩の問いかけに対し、店員は鮮やかに指を弾いて、電卓を渡した。


 ミツルはそっと背後に回り、画面を覗き込む。



 ――303,000。



「ずいぶんとオーバーしてんな!! おぉい……何倍返しだよ、これ!?」


 我に返るミツル。


「あっはっは!」


 鉾田の兄ちゃんが見せるテンションのアップダウンに耐えきれず、笑い出すリタ。


「二人とも、騒がないの! 恥ずかしいから!」


 店に入る前まで一番騒いでいたくせに、ここでは注意を促すウカウカ先輩。


 彼女にとって、三十万とんで三千円などは痛くも痒くもない出費である。


 だが、落ち着きを取り戻した彼女は、この機会を利用できやしないかと静かに思考を巡らせた。


「今度、私の研究に付き合ってくれないかしら? それで、ここのお代は肩代わりしてあげる」


 危ない取引。


 またの名を不平等条約。


 明らかな罠だとわかっていても、その提案はミツルにとって、あまりにも魅力的すぎた。


「……それっていうのは、参加するのは俺だけで、誰にも迷惑はかけない感じですか?」

「もちろん」


 契約成立。


 人生において、宝石など縁もゆかりもなかったはずのミツル。


 彼はその日、とんでもないプレゼントを購入してしまった。

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